【山口和幸の茶輪記】100話目のコラム…だから山口和幸のことを書いてみた | CYCLE やわらかスポーツ情報サイト

【山口和幸の茶輪記】100話目のコラム…だから山口和幸のことを書いてみた

2014年初頭に始まった毎週水曜日掲載の当コラムでは、四半世紀にわたって取材しているツール・ド・フランスやその合間に見たフランス文化を中心に気ままに書きつづってきたが、今回が100話目。そこでボク自身のこれまでと2016年への思いをテーマにしてみた。

オピニオン コラム
フリーとして全日程を初めて取材した1997年ツール・ド・フランス。開幕日のルーアンにて
  • フリーとして全日程を初めて取材した1997年ツール・ド・フランス。開幕日のルーアンにて
  • 2014ツール・ド・フランス最終日。5度目の完走を果たした新城幸也を日本人取材陣が出迎える
  • 2015ツール・ド・フランスを表敬訪問した清水勇人さいたま市長と
  • 講談社現代新書から「ツール・ド・フランス」を上梓
  • 安心してください。産経デジタルのカメラマンに無理なポーズを取らされています
2014年初頭に始まった毎週水曜日掲載の当コラムでは、四半世紀にわたって取材しているツール・ド・フランスやその合間に見たフランス文化を中心に気ままに書きつづってきたが、今回が100話目。そこでボク自身のこれまでと2016年への思いをテーマにしてみた。

明けましておめでとうございます。山口和幸、53歳です。

■フランス文化そのものに目を向ける現在

フランスでは取材記者のことを一般に「Journaliste」と言うので、スポーツジャーナリストという肩書きで活動しているが、取材活動のほとんどは自転車がらみ。具体例としてあげるなら毎年7月に開催されるツール・ド・フランスだ。

現地取材が20年を超えると、このメジャーイベントの「コンペティション」としての領域は見尽くした感があるので、「だれが勝った」という報道は後任に託して、現在はこのイベントを育て上げたフランス文化そのものに目を向けて日本のみなさんに現地の香りをお届けすることにシフトしている。

だからといっても本職はツール・ド・フランス取材記者。記者900人、カメラマンを含めると1400人が取材するスポーツイベントの一員だ。ただし全日程を追いかけるとなると、記者の数はグンと少なくなり、四半世紀にわたる取材歴を有する者はそれほど多くない。おひざもとのレキップ紙、世界の名だたる通信社、自転車競技界のご意見番。気がつけばボクもその末席にいる。


2014ツール・ド・フランス最終日。5度目の完走を果たした新城幸也を日本人取材陣が出迎える

ボク自身は1987年、八重洲出版の新入社員として自転車専門誌『サイクルスポーツ』の編集部に配属された。1988年に初めてパリ・シャンゼリゼでツール・ド・フランスを見たのだが、取材記者証もなかったので大観衆に埋もれ、マイヨジョーヌを着用する総合1位のペドロ・デルガドがどこにいるのかさえわからなかった。

大学ではフランス文学を5年間も学んでいたので(つまり留年するような劣等生だったわけです)、1989年からツール・ド・フランス報道を担当することになり、独立を契機として1997年からは全日程を追いかけるようになった。

現地取材はかれこれ20年以上。たいていのことは目撃し、地図がなくてもフランス全土を運転できるほどになった。山岳ステージの写真を見れば、植生の違いからそれがアルプスかピレネーかを見分けることもできる。運営スタッフのみならず、通信班や設営舞台に新顔が入ったらとそれと分かるし、逆に常連なら「日本人記者がまた来たな」と笑顔をくれる。毎年7月のフランスを訪れると、もはや我が家に帰ったように落ち着くことができる。

■ツール・ド・フランスはサーカス団

ボクが初めてツール・ド・フランス取材に訪れたとき、取材車両に乗るボクにも沿道の人たちがすべからく笑顔で手を振ってくれるのに驚いた。仕方がないからこっちも手を振り返すのだが、しばらくして気づいたことは「これは単なるスポーツイベントというよりもサーカスのような庶民の楽しみで、選手だけではなくボクを含めた関係者もサーカス団の一員なんだな」ということ。それだったらピエロ役でも務めてやろうという気にもなる。

コースは毎年まったく異なる。時計回りになったり反対になったり。全国の市町村が誘致に乗り出すが、コース設計をするベルナール・イノー氏は「おいしいチーズとワインがあることが決め手かな」と、冗談ともつかない選択基準を口にする。美しい町並みや美食を楽しみながらフランス一周の旅ができるのだから、ツール・ド・フランス取材は悪くないと思う。


2015ツール・ド・フランスを表敬訪問した清水勇人さいたま市長と

真夏のフランスを一周するそんな自転車大レースは「オラが町に華やかな一大イベントがやってきた!」というノリでフランス中、いやヨーロッパを含めた世界中の人たちが心待ちにする夏祭りだ。だから過去に7連覇を達成した米国のランス・アームストロングが薬物違反によって全記録を抹消されても、100年を超える歴史そのものは魅力を失わなかった。勝った負けたはツール・ド・フランスの一部でしかないからだ。

ツール・ド・フランスを追い続けているボクは2016年も、出場198選手とともにフランス全土を駆け巡り(クルマだけどね)、パリを目指すはずだ。23日間という全日程を取材することにこだわっているのは、苦楽の果てにパリに到着する選手たちの気持ちを共有したいから。

最も賞賛されるのはパリでマイヨジョーヌを獲得すること。でも、それがかなわなければ1区間の勝利でも構わない。出場選手にはそれぞれのドラマがあり、栄冠を勝ち取る者もいれば夢かなわずに途中でレースを去る者もいる。鍛え抜かれた肉体と、それに同居した揺れ動く心。103回目の戦いはどんな結末を見せてくれるのか、その一部始終を目撃してみたい。
《山口和幸》
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