【ラグビー】名CTB、朽木英次インタビュー…「My Rugby World Cup Stories」公開 | CYCLE やわらかスポーツ情報サイト

【ラグビー】名CTB、朽木英次インタビュー…「My Rugby World Cup Stories」公開

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【ラグビー】名CTB、朽木英次インタビュー…「My Rugby World Cup Stories」公開
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ラグビーワールドカップ2019組織委員会は、「2019 All For Japan Team」サイトにて、元ラグビーマガジン編集長の村上晃一氏とスポーツライターの鎮勝也氏によるインタビュー企画「My Rugby World Cup Stories」の第8回を公開した。

今回のインタビュー企画は、針の穴を通すような正確なパス、瞬時に間合いを詰めるタックルで一世を風靡したCTBの朽木英次(くつき・えいじ)氏が登場。1996年に引退し、1999年にRWCテクニカルスタッフ、2003年よりトヨタ自動車ラグビー部監督を務めた。現在は、トヨタ自動車社会貢献推進部総括室長。引退から18年たった今、朽木氏がRWCを振り返った。

選手として、第1回目の1987年大会と1991年大会に出場した朽木氏。日本選手権で優勝した年、脂がのりきっている状況でRWCを迎えた。第1回大会は、一次リーグで3試合した。朽木氏は、アメリカ、イングランドに連敗した後のオーストラリア戦が、プレーヤー人生のターニングポイントになったと話している。

2トライ(前半12分、24分)し、タックルが次々に決まったこの試合できっかけをつかめたと思うと語り、第1回大会で自信がつき、日本国内の試合では、精神的にも優位に立つことができたという。その後の日本代表に定着できたのも、このRWCが大きかった気がすると、朽木氏は語る。

1991年の第2回大会は、チームの調子も良く、自信を持って挑んだ。しかし、大会初戦でスコットランドに完敗。朽木氏にとって印象的だったことは、日本のプレースタイルにグラウンド状態が合わなかったことだ。寒くて芝生に霜が降りたような状況で、足下はぬかるみ、ボールも滑った。重馬場でステップは切れないし、パスもできなかったと言い、日本のFW戦のレベルはまだ低かったと語っている。

このほかにも、現役引退後を語っている朽木氏のインタビュー全文は、「2019 All For Japan Team」の「My Rugby World Cup Stories」にて読むことができる。
《美坂柚木》
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