【山口和幸の茶輪記】日向涼子のツール・ド・フランス挑戦には重要な意義がある | CYCLE やわらかスポーツ情報サイト

【山口和幸の茶輪記】日向涼子のツール・ド・フランス挑戦には重要な意義がある

スポーツ まとめ
2009年のエタップ・デュ・ツールは魔の山モンバントゥーに上った
  • 2009年のエタップ・デュ・ツールは魔の山モンバントゥーに上った
  • ラセドモンベルニエ(Lacets de Montvernier)
  • 日向涼子
  • 2015年のエタップ・デュ・ツールは第19ステージを走る
  • 2009年のエタップ・デュ・ツール
  • 2009年のエタップ・デュ・ツールは魔の山モンバントゥーに上った
  • 日向涼子
美しすぎるモデル、日向(ひなた)涼子がツール・ド・フランスの1ステージを走る一般参加レース「エタップ・デュ・ツール」に挑戦する。「坂バカ」と言われるほどヒルクライムが得意な自転車愛好家だが、ツール・ド・フランスの山岳ステージ挑戦となるとちょっと勝手が違う。

世界最高峰の自転車レース、ツール・ド・フランスは全23日間で争われるが、「エタップ・デュ・ツール」はその1区間を走る一般参加イベント。2003年には当時現役F1レーサーだった佐藤琢磨が、2008年には元F1レーサーの片山右京が、2009年には日本人プロとしてツール・ド・フランスに初出場した今中大介が参戦。日本の著名人としてはそれ以来となるチャレンジだ。

エタップ・デュ・ツールが日本に知られたのは、サイクルスポーツ編集部時代のボクが編集後記に紹介したのがはじまりかと思う。これを読んだ日本の選手から「どうやったら出場できるの?」と相談を受け、主催者であるベロマガジン誌のクロード・ドロッサン編集長に打診。ラルプデュエズが舞台となった1995年のレースに日本人が初めて挑戦することになった。

日本人で初出場したのは大阪のクラブチームに所属していたアマチュア選手だ。三浦恭資が優勝した全日本選手権で10位。高橋松吉が総合優勝した第1回ツール・ド・北海道では、そのアシスト役として走った。エタップ・デュ・ツールでは最後のラルプデュエズで沿道のわき水に頭を突っ込むなどして気力を振り絞り、1万人が参加する大会の101位でゴールした。ボクと同い年ながら残念だがその後、癌闘病の果てに他界している。今回のエタップ・デュ・ツールは日本人初挑戦から20年目になる節目だ。

榛名山などで開催されている日本のヒルクライム大会で好成績を修める日向だが、それだけでエタップ・デュ・ツールに通用するという保証はなにもない。フランスのアルプス山中で行われる今回のコースをチェックしてみると、榛名山の前に妙義山を1周し、そして最後は赤城山にゴールするくらいの難易度だ。これまでのエタップ・デュ・ツールのなかでも相当に過酷なコースなのだ。

エタップ・デュ・ツールは単なる長距離サイクリング大会ではなく、参加することに極めて重要な意義を持っていると思う。ツール・ド・フランスを走るプロ選手の実力がはるか彼方に見えてくることだ。たとえば日向涼子が12時間かけてなんとかゴールしたとする。それから5日後、ツール・ド・フランスのプロ選手が同じコースを走り、ステージ優勝者はおそらく3時間30分でゴールする。上り坂が苦手なスプリンターたちで構成される「グルッペット」だって3時間50分だ。その瞬間、プロ選手の実力がどれほどなのかが、同じモノ差しで測れるのだ。

ゴールしなくったっていい。体力を使い果たして倒れ込んだ激坂をプロはアウターギヤで顔色も変えずに飛び去っていく。そのシーンを沿道で見るかテレビで見るかいずれにしても、プロが自分よりも何段上のレベルにいるかを痛感するはずだ。しかもツール・ド・フランスはそれが23日間続く。さらにその中で、栄冠の黄色いジャージ「マイヨジョーヌ」を着用できるのは1人しかいない。

いやはや、やっぱりツール・ド・フランスはスゴいですね。プロは私の10倍速いですね。日向涼子の帰国後のコメントは世界最高峰の大舞台で苦闘したチャレンジャーにしか言えない深みがあるはずだ。
《山口和幸》
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