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マイケル・ジョーダンがバスケの神様なら、コービー・ブライアントは愛されしその弟

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マイケル・ジョーダンがバスケの神様なら、コービー・ブライアントは愛されしその弟
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著名人の死により、これほどのショックを受けたのは、いつ以来だろう。


今朝、ESPNの速報で飛び起きた。寝ぼけていたせいもあり「コービー・ブライアントの娘がヘリコプター事故で亡くなった」と読んでしまった。飛び起き、記事を探し始めると「コービーと娘のジャンナが……」亡くなったとわかった。


多くの海外ニュースの例に漏れず日本メディアの反応は遅く、まずはESPN、スポーツ・イラストレーテッド、CNNとサーチすると、誤報どころか、残念ながら事実であると突きつけられる続報が入った。


マイケル・ジョーダンさんから「コービーは自分の末弟のような存在だった」とコメントが寄せられている記事を目にし「ダメだ、誤報ではない」と観念した。


≪文:たまさぶろ●スポーツ・プロデューサー、エッセイスト、BAR評論家≫


5度の優勝に貢献、MVP4回の偉大なキャリア


ご存じない方のために、少し触れる。コービー・ブライアントさんは1978年、ペンシルベニア州フィラデルフィア出身の元NBA選手。そのキャリアを通じ、名門ロサンゼルス・レイカーズ一筋でプレー


父のジョー・ブライアントさんが神戸で食べたステーキに感動。店の名を息子に冠して「Kobe」と命名された嘘のような本当の話があまりにも有名。ジョーさんは現在の日本バスケ・Bリーグの前身、BJリーグの東京アパッチで監督を務めた過去もあり、日本好きで知られる


コービーさんは96年に入団し、1999−2000シーズンにはカリーム・アブドゥル・ジャバーさん、マジック・ジョンソンさんという伝説的プレーヤーが躍進を支えた時代以来、12年ぶりにチームに優勝をもたらしたロサンゼルスの英雄だ。



(c)Getty Images



2000年のNBAファイナルズは、ちょうど勤務するアトランタのCNN本社で、コービーさんとシャキール・オニールさんが暴れる姿を報道していた。こちらも伝説的プレーヤー、ラリー・バードさんが監督を務めたインディアナ・ペイサーズを相手に死闘が繰り広げられ、その記憶が今でも鮮明に残っている。稀代のスリーポインター、ペイサーズのレジー・ミラーさんにとってもキャリア・ハイライトだった。


レイカーズはこのシーズンから3連覇。コービーさんは同チームで2008-09シーズンからも連覇、その名声を盤石のものとした。


NBA最多記録となる18年連続オールスターゲーム選出、同MVP4回獲得。NBAを5度制し、同ファイナルも2度MVPを獲得。1試合81得点はNBA史上2位の記録(最多はウィルト・チェンバレンさんによる伝説的な100得点)。


通算33643得点はつい先日、レブロン・ジェームズ選手に抜かれるまでNBA3位の記録だった。


レイカーズ一筋のフランチャイズ・プレイヤーとして活躍


コービーさんがファンに愛された理由はいくつもある。


ひとつは先日のヤンキースのデレク・ジーターさん同様、揺るぎないフランチャイズ・プレーヤーである点


優勝や高額報酬を求め、フリーエージェントが普通となった時代、デビューからレイカーズの一員としてキャリアを終えたのはマジック・ジョンソンさん以来。同時代でもNBAを制した選手としては、ダラス・マーベリックスのダーク・ノヴィツキーさんぐらい。


現在もフランチャイズ・プレーヤーとして残りそうなのは、ゴールデンステートのスティフィン・カリー選手ぐらいしか思い当たらない。


また、NBAプレーヤーは八村塁選手らをしても理解できる通り、NCAAつまり大学バスケで活躍した後にドラフト指名されるのが通例。1995年にティンバーウルブズから指名されたケヴィン・ガーネットさんなどと同様、コービーさんも96年に高校卒業からアーリー・エントリーでNBA入り、その潮流に変化をもたらした選手のひとりとしても知られる。


アメリカ・ファンの多くはNCAAにも注目している。当時、ニュージャージーで行われたドラフトを眺めながら、高卒のコービーさんが指名された際は「え? 誰?」と私も戸惑ったもの。


特に96年ドラフトは豊作中の豊作。いの一番は、アレン・アイバーソンさん、それ以降もマーカス・キャンビーさん、ステフォン・マーブリーさん、レイ・アレンさん、スティーブ・ナッシュさんと後年の代表的選手が目白押し。


高卒はコービーさんとポートランドのジャーメイン・オニールさんの2選手だけだった。


当時、「高卒選手が活躍できるのか?」という否定的な論調がメディアで飛び交ったものだが、両選手ともに長年オールスターに出場を続け、活躍した実績を振り返ると、その論点はナンセンスだったのだろう


“バスケの神様”マイケル・ジョーダンの“弟”



そしてコービーさんは誰よりも、当時NBA人気を牽引していたマイケル・ジョーダンさんの後継者と目され、実際継承したと考えられる点に尽きる。


シューティング・ガードという同じポジション、身長・体重を含めたサイズ、アスレティズムを活かしたプレー・スタイル、その爆発的な得点力と兼ね備えたリーダーシップ……ジョーダンさんが「自分の弟、そして姪を失った」と追悼を寄せるのも、無理からぬことだ。


バスケファンにとって、シカゴ・ブルズの後期3連覇にぶつかる形でコービーさんがデビューしたこともあり、同じポジションの2人のマッチングは常に話題をさらった


コービーさんが高卒でアーリー・エントリーした理由のひとつは、憧れのジョーダンさんと一緒にプレーしたかったからともされる。このマッチアップは、ジョーダンさんの2度目の引退までは、経験で圧倒的に勝るジョーダンさんに軍配が上がったとして良い。


それでもコービーさんは、レジェンドの後継者とされるだけのパフォーマンスを見せ、3度目の引退を決めたジョーダンさんとの最後の対戦では55得点し、その成長ぶりを見せつけた


しばしばジョーダンさんは「バスケットボールの神様」と形容されるが、もしそうであるなら、コービーさんはまさにその愛すべき末弟だった


愛娘を通じてのバスケットに新たな楽しみ そんな中での事故


2016年の引退以降、バスケから遠ざかっていたコービーさんがバスケット・コート・サイドに姿を見せるようになったのは、つい今シーズンの出来事。


その理由は、一緒に亡くなった娘ジャンナさんが「バスケットを熱心に観るようになり、彼女の目を通し、バスケットを見つめることができるようになったから」とCNNレポーターが述べていた。


コービーさんのニックネームは「ブラック・マンバ」。彼の得点力を、100%獲物を仕留めるとされる蛇「ブラック・マンバ」になぞらえたゆえだ。


自身のニックネームにちなみに娘ジャンナさんを「マンバシータ(Mambacita)」と呼び、「将来はWNBA選手になるよ」と連れ添う姿が話題になっていたのが、つい先日のこと。その娘の試合に、コーチとし寄り添う移動途中のヘリコプター事故……。それだけにファンの悲しみを誘う。


同日、全米各地で行われたNBA試合では黙祷が捧げられるなど、偉大なプレーヤーへの敬意が表された。


神様に愛された弟は、誰よりも早く神に召された。心より冥福を祈る



(c)Getty Images



著者プロフィール


文:たまさぶろ●スポーツ・プロデューサー、エッセイスト、BAR評論家


週刊誌、音楽雑誌編集者などを経て渡米。CNN本社にてChief Director of Sportsとして勤務。帰国後、毎日新聞とマイクロソフトの協業ニュースサイト『MSN毎日インタラクティブ』をプロデュース。日本で初めて既存メディアとデジタルメディアの融合を成功させる。


MLB日本語公式サイト・プロデューサー、 東京マラソン事務局広報ディレクター、プロ野球公式記録DBプロジェクト・マネジャーなどを歴任。エッセイスト、BAR評論家として著作『My Lost New York~ BAR評論家がつづる九・一一前夜と現在(いま)』『麗しきバーテンダーたち』『【東京】ゆとりを愉しむ至福のBAR』などあり。


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