“戦うシングルマザー” 吉田実代はなぜリングに上がるのか 「自分と同じような境遇の方にも、共感してもらえたら」 | CYCLE やわらかスポーツ情報サイト

“戦うシングルマザー” 吉田実代はなぜリングに上がるのか 「自分と同じような境遇の方にも、共感してもらえたら」

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“戦うシングルマザー” 吉田実代はなぜリングに上がるのか 「自分と同じような境遇の方にも、共感してもらえたら」
  • “戦うシングルマザー” 吉田実代はなぜリングに上がるのか 「自分と同じような境遇の方にも、共感してもらえたら」

2019年6月19日(水)に幕張メッセ(千葉・美浜区)で行われる「WBO女子世界スーパー・フライ級王者決定戦」。そこに、一人の日本人女性ボクサーが挑む。


挑戦するのは、現在、日本女子バンタム級チャンピオンにして、女子東洋太平洋バンタム級チャンピオンという2つのベルトを保持している吉田実代選手(EBISU K’s BOX所属)である。


吉田選手はボクサーとしての顔を持ちながら、私生活では4歳の愛娘を一人で育てているシングルマザー。「戦うシングルマザー」という異名も持っている。


今回は初の世界戦に向けた抱負や格闘技を始めた理由、さらには母親として持っている独自の子育て論など、吉田選手自身の素顔に迫る形でインタビューを敢行。吉田選手の素顔を、ぜひ見てもらいたい。


≪文・取材≫鳴神富一


何かを変えたくて、何もわからないなかで飛び込んだ格闘技の世界


―:格闘技を始めたきっかけを教えてください


吉田実代選手(以下、敬称略):私は20歳まで鹿児島にいて、小さい頃はソフトボールやダンスをしていました。ソフトボールではピッチャーで小学校から中学校の途中まで、県で優勝するなど本格的にプレーしていました。その後、一度挫折を経験してダンスを始めたんですが、そこでも挫折してしまって。


その頃、「このままでは嫌だ」と思いながら20歳までに自分の好きな事を見つけようと思って、自分探しのための資金を作ろうと考えていました。でも、自分のやりたい事を見つけられずに時間だけが過ぎていきました。


そして、20歳の誕生日を迎える直前の19歳の冬に「いよいよ20歳だな」と感じながらも、自分のやりたい事が見つけられず焦っていました。


自分自身の環境を変えようと鹿児島を出て東京に行こうと思ったんですけど、(上京しても)鹿児島の友達とかも多くて何も変わらないなと感じていて。もう、知っている人が誰もいない海外に行こうと決めました。


体を動かすことしか得意ではなかったので、消去法で色々と探していたらハワイでの格闘技留学があるのを知って、直感で「これしかない」と思って3ヶ月間行っていました。格闘技はやった事もなかったけど「まずはやってみよう」と思って、“自分探しの旅”みたいな感じでしたね。


―:ハワイでの格闘技留学はどうでしたか?


吉田:留学先のキックボクシングジムに行った初日に、いきなりボクシングのスパーリングをさせられたんですよ。その時は格闘技に関してはまったくの素人だったし、写真も相手に送っていたのですが見た目も派手な感じでした。


ジム側も「こいつは続けるのは無理だから、1週間で日本に返そう」と思っていたみたいで。格闘技って甘い世界じゃないぞ、というところを見せたかったんじゃないですかね。


―:スパーリングの結果はどうだったのですか


吉田:まぁまぁ、頑張った感じでしたね。しっかりと根性を見せることができたのか相手にも認められて、ジムの色々な生徒からも「よく頑張ったな」と声を掛けられたりもしました。いいハートを持っているなと感じてもらえたと思います。


―:素人でいきなりの格闘技留学をして、初日にスパーリングとは怖くなかったですか?


吉田:海外に行くこと自体が初めてだったし、英語もわからなかったので、最初は怖かったです。何にも分からないなかで一人きりで空港での手続きをするとか、全てが未知の世界でした。


それでも今までと180度、価値観も生活も変わったのもあって新鮮さと同時にドキドキ感やワクワク感などもありましたね。


―:今思うと、そのときの決断は非常に良かったと


吉田:そうですね。最初にスパーリングをさせられた瞬間にダメだったら、日本に帰っていたと思うんですよ。だけどスパーリングが終わった瞬間に「これだな」という実感を得ることができたので、ハワイに格闘技留学をしたことは良い決断だったと思います。


自分がモデルケースになることで、勇気や共感を与えていけたら


―:いよいよ6月19日に世界戦を迎えます。いまの気持ちを教えてください


吉田:20歳から格闘技始めて、いまは31歳。これまでの自分の人生を振り返ると、挫折することが多かったです。それでもやっと自分が抱いていた目標に辿り着いたなと思うと、非常に感慨深いですね。


あとは周りもすごく喜んでくれているし、「ついにここまで来たか」と思ってくれているのも嬉しくて、あとはその期待に応えるだけ。周りの人たちに恩返しできることといったら、「世界を獲ること」だけだと思っています。


世界タイトル戦のような大きな試合になればなるほど費用は掛かります。なので、営業活動も並行して行っているのですが、子育てや生活のこともあって頭の中が混乱する時もあったりします。でも、これも人生の修行かなと。


世界に挑みたくても挑めない選手が多くいるなかで、自分はそこにチャレンジできるので、周りに対して失礼のないように試合をしたいです。


試合内容ももちろんそうだし、集客の部分に関しても自分自身でしっかり体を使って、足を使っていきたいです。


―:4月22日に行われた記者発表会にて、「(王座決定戦に勝利して)人生を変えたい」とコメントされていました。今後はどういった人生をイメージしていますか?


吉田:まず私は、ボクシング一本で生きていこうと決めました。そして私は独り身ではなく、娘がいます。娘の存在も、「ボクシングで食べていくんだ」という覚悟に繋がっています。


いまは世界タイトル戦でしっかりといい試合をして、周りのみんなに認めてもらえるような勝ち方をすることが一番の目標です。そして今回も娘に試合を観てもらって、(試合後は)リングの上で一緒に喜びを分かち合いたいですね。


将来に関しては「ボクシング」が本当に大好きなので、ママさんなどにボクシングの動きを通して体を動かす事の楽しさを伝えられるようなイベントを開催したりしていきたいです。


加えて、児童養護施設の訪問など社会福祉活動にも力を入れているので、これも継続していきたいです。私も小さい時は家庭環境が複雑だったし、今はシングルマザーとして生きていて、自分と同じような境遇の方にも「こういう人がいるんだな」と共感してもらえるような活動をしていけたらと考えています。


(2017年に行われた)日本タイトルへの挑戦が決まる前までは、結婚にも失敗して、大好きなボクシングを続けていいのかと自問自答していました。当時はまだランキングも高くなかったし、娘もまだ生後8ヶ月の状態だったので、周りからは普通の仕事をしたほうがいいのではないかと言われたこともありました。


シングルマザーの方の中には、夢をどうしても諦めざるを得ない状況の人もいると思います。そういった方たちに自分がモデルケースとなることで、勇気や共感を与えていけたら嬉しいです。


少しでも他人(ひと)に寄り添うことのできる人でありたいし、いつでもチャレンジしていいんだということを、私から発信していけたらと思っています。


≪後編≫
“戦うシングルマザー” 吉田実代が娘の前で「顔」を使い分ける理由 「尊敬できる母親でいることができれば」


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