【THE INSIDE】東東京で大躍進した都立小山台は、正真正銘の文武両道 | CYCLE やわらかスポーツ情報サイト

【THE INSIDE】東東京で大躍進した都立小山台は、正真正銘の文武両道

オピニオン コラム
閉会式を終えて、胸を張ってベンチに戻る小山台
  • 閉会式を終えて、胸を張ってベンチに戻る小山台
  • ピンチでマウンドに集まった小山台ナイン
  • 喜びの二松学舎
  • シートノックで内野飛球を打ち上げる小山台・才野秀樹助監督
  • スタンドからの声援に挨拶をする福嶋監督
  • まだメダルをかけていない選手と入れ替わって、もう一度記念写真
  • マネージャーもメダルをかけて写真に納まる
  • リリーフして好投した二松学舎・岸川君
毎日のように、記録的な高温で35度以上が天気予報でも当たり前のように報じられている今年の夏。

高校野球の全国の地区大会も格別暑い大会となったのだが、その暑い7月の最終日曜日、神宮球場には朝早くから多くの人が集まった。第100回記念全国高校野球東東京大会決勝のプレーボール時刻、午前10時15分には26,000人がスタンドに入っていた。

この日も、朝から30度を超える気温となっていたが、多くの人が集まったのは、都立小山台が大健闘して、27日の準決勝では、福嶋正信監督も「40年近く高校野球の監督やらせて戴いていますが、初めて帝京に勝てました」と、喜びを表していた。その勢いに乗っている小山台が、都立校としては2003(平成15)年の雪谷以来の夏の甲子園出場を果たすのかという期待が高まってきたからである。

また、小山台としては2014(平成26)年に21世紀枠代表校として春のセンバツ代表に選出されており、都立校として初の春夏の甲子園出場を果たせるのかということにも期待が集まった。

帝京を7対2で下していち早く並んだ小山台の選手たち

それに小山台は、1923(大正12)年に東京府立八中として創立され旧制中学の流れを汲む名門校でもある。菅直人元内閣総理大臣の出身校であるということでも知られているが、文字通りの文武両道校である。小山台の場合は旧制時代の名残を継承して、普通には部活動と言われている課外活動は班活動という呼び方をしている。だから、野球部ではなく野球班ということになるのだが、他の運動班も活動は盛んで、狭いグラウンドに多くの高校生たちがひしめき合って汗を流している。

だから普段の練習では、内野練習が出来ればいい方というくらいのもので、自転車置き場や校舎の横などの、空きスペースを見つけてはスイング練習やティー打撃、体力強化トレーニングなどをしながら鍛えてきた。

また、練習時間そのものも極めて短い。夏の時間ならばまだまだ陽の高い夕方5時には完全下校という環境である。しかし、それを逆手に取るかのように、「自分たちはどこよりも多く、自己練習が出来る時間がある」という意識で、取り組んできた。また、積極的に区営の球場などのナイターで使用できるところにも応募して、可能な限り練習試合を組んだりもしてきた。

土日の練習試合では相手校にお願いして、朝8時前にはグラウンドに到着して、1日4試合を組んでもらい、91人の部員全員が試合を経験できるような工夫もしてきた。それも、全員野球への意識を高めていくこととなる。それに、選手たちがそれぞれ野球ノートを書いており、それを交換していきながら、お互いに指摘し合い向上していこうという切磋琢磨の姿勢を磨いている。こうした意識を作っていくことも、小山台の特徴ともいえる。

環境には恵まれない状況でも、目標は「甲子園に出て勝つこと」だということを掲げて取り組んできた。甲子園出場が目標ではないということである。それを言葉だけではなくて、具体的に実現していくためにどうすればいいのか…。そのことを選手も監督も、部長もコーチも、一緒になって本気で考えて、取り組んできた。

チーム力としても、福嶋正信監督は、「21世紀枠で出たときよりも、チーム力としては、確実に上だと思っています。だから、春の大会でシード権を取れた時から、今年は本気で行けるぞと思いましたから、いつもはあまりしないんですけれども、今年は早くからメンバーも絞り込んでやって来ました」という意識だった。それだけ、本気度が高かったし、手ごたえもあったということであろう。

それでも、部員は91人のまとまりは崩れることはなかった。「メンバーから外れた生徒たちが、本当に一生懸命になって、サポートに回ってくれました。本当の意味で、全員野球が出来るチームになったんだなと、そういう意識は持てるようになれました」と、喜んだ。そのひとつの形として、選手個々としては、一番から九番まで、ポジション別に見ても、すべて野球の能力としては相手が上だった帝京にも勝利することが出来たのである。しかも、フロックの勝ちではなく、あわやコールドゲームかというような猛攻で、中盤に7点を奪った快勝だった。

そして、決勝の二松学舎との試合でも、エースの戸谷直大君は中1日の登板だったが、臆することなく無難な立ち上がり。そして、2回に先制点を奪い、追いつかれても4回2点を挙げて再びリード。5回にやや力みもあったか、暴投なども絡んで逆転されるものの、その後も食い下がっていった。8回には、無死一二塁の好機を作り、スタンドは大声援で包まれた。

これに対した二松学舎の岸川海君も、市川勝人監督が、「背番号は10だけれども、実質はエース。厳しい状況の中でよく踏ん張ってくれた」と称えるように、スタンド全体が小山台の声援で包まれているかのような状況の中でも、踏ん張った。こうして、見ごたえのある攻防となった試合だった。最後に小山台は力及ばなかったという感じで二松学舎が2年連続3回目の出場を果たした。

閉会式を終えてベンチに戻った小山台の選手たち

試合後のスタンドは、閉会式の余韻を引きずりながらも、爽やかな空気で包まれていた。しばし、猛暑の不快指数を忘れさせてくれるかのようでもあった。今の高校生が、野球を投じて、自分たちが目標に向かって努力してきたもののすべてをぶつけ合った、そんな試合だった。結果としては、力として一枚上の二松学舎が勝つべくして勝ったという印象でもあったが、球場を支配したこの爽やかさは何だったのだろうか…。

一連のセレモニーが終了して、球場の外で荷物を整理していた才野秀樹助監督は、「試合は負けてしまいましたけれども、試合中はリードされても不思議と負ける気がしなかったですね。ベンチの意識も、ずっとそんな感じでした。ただ、甲子園を勝ち取るということは、難しいなと思いました」

その表情は、悔しさもあっただろうが、荷物整理を手伝っている生徒たちも含めて、どこか満足そうな感じも漂っていた。

「こういうことも含めて、高校野球。本当にいい試合だったんだな」

そんな気持ちに浸りながら、球場を後にすることが出来た。猛暑の続く夏の、爽やかな一日となった。
《手束仁》
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