「房総のマッターホルン」
「千葉の妙義山」
「安房の槍ヶ岳」
山頂直下の連続ロープ場を越えると、それらの異名が付けられた最たる要因である岩の頂に出る。またその頂では、日本中の天狗が集まって会議を開いていたという伝説も残る。
では、本家本元のアルプス山脈のマッターホルンはというと……。イタリア語では、その山容から「鹿の角」の意味を持つ「チェルヴィーノ」。ドイツ語では、「牧草地(mat)」の「山頂(horn)」。また、日本では数々の登山者の命を奪ったことから「魔の山」なんて呼ばれているらしい。
さて、話を房総のマッターホルンに戻そう。伊予ヶ岳の頂からは、双耳峰の富山、安房三名山の御殿山、千葉県最高峰の愛宕山、以前に登った鋸山など、房総半島を代表する山々の姿が見える。どの山も標高400m前後の低山だが、低山も連なれば何とやら。爽快な景色を眺めることができた。
だが、もっとも感動を得た景色は、伊予ヶ岳自体の景色である。南峰から北峰まで歩き、そこから見る伊予ヶ岳南峰の姿といったら!先に挙げた数々の異名が付けられた理由も納得の眺めである。
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そして、山頂には伝説通りに天狗たちの姿も確認できた。しかし、その天狗たち、会議という割にリラックスした表情を浮かべている。しかも、天狗のはずが、鼻が高くない。かといって、カラスのようなクチバシがある訳でもない。
「いい山ですね」
天狗に話しかけてみると、「そうよね、本当に。面白い山だったわ」と清々しい笑顔で返してきた。その笑顔が、房総のマッターホルンの魅力を物語っていた。