究極の選択を迫られたネパールトレッキング Day 8-9 | CYCLE やわらかスポーツ情報サイト

究極の選択を迫られたネパールトレッキング Day 8-9

オピニオン コラム

動物と人間が共存できている自然
  • 動物と人間が共存できている自然
  • ネパール風焼きそば 山の上で食べれば何でも美味しい
  • Nepal day 8/9
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  • 地域によって衣装や文化も少しずつ違っている
  • Nepal day 8/9
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ネパールのカトマンズを出発し、今回のゴールであるアンナプルナ連峰のひとつであるトロングラ(標高5416m)を目指して一週間が立ちました。

実はトレッキングは人生初体験だったのです。行き先がネパールという風景写真を撮るうえでいつかは行ってみたい国というのが参加の理由でした。地元のリーダーふたりは海外からのトレッキンググループのまとめ役として仕事をしていたので、自然の中での危険を知っていました。

彼らと私たちメンバー8人、そして荷物の運搬役であるポーター4人は、毎日時間を過ごす中でだんだんと打ち解けて行きました。メンバー達の荷物をひとり約20キロを抱えて私たちとトレッキングするのがポーターの仕事。彼らは私たちよりも身体は小さいのにとてもタフ。一番先に到着するのは毎回ポーターでした。

グループのリーダーとポーター達…いつも明るく前向きな姿に引っ張られた

丈夫なポーターとは反して、私ときたら標高3000mを超えたくらいから軽度の高山病で、治療薬であるダイモックスを服用しながらのトレッキングをする有様。いつも皆の後をくっついていく感じの日々でした。先頭はポーター、そして列の一番後ろには私でしたが、みんなの後をついていくのでさえ、やっとという感じでした。

さて私たちは、6日・7日目はマナン(標高3540m)の街でつかの間の休息。それまではずっと登りが続いていたのでとても貴重な時間でした。朝になると各家からは朝食の準備の煙が上がっているのもとても印象的でした。

私たちがこれから目指すのはヤカラカ(4018m)。たった500mなのに、私は出発してすぐに身体に異常を感じました。(日記もこの日はほとんど書いていないので疲労度は極限だったと思います)。疲れるというよりも、息ができないという感じです。自分の身体が自然の中に適合していかないというのは初めての体験でした。幸いダイモックスを服用してからは夜眠れるなど軽度の改善はあったものの、普通の持久力を保つまでには至りませんでした。

トレッキングの最中に遭遇する露店

ヤカラカに行く途中の道では、露店がところどころにあり寄り道ができたことで気持ち的には楽になったような気がします。外国からのメンバーにとっては、露店で売られている中古の農具などがとても興味を引いたようで、値引きを交渉している人も。気を紛らわしながらヤカラカの村に到着しました。
この辺りになると、外はかなり冷えていました。宿泊したのは長屋のようなロッジだったため、部屋からどこに行くにも一度は外にでないといけない…これが面倒で寒かったことはよく覚えています。

この日は夕食を食べてから、かなり濃厚なミーティングを行いました。

この数日前にリーダーは私の体力が持たないことを理由に、グループとは別行動で頂上まで行く方法を私に提案していました。自分の取るべき方法を決断しなければならない前夜。リーダーからはさらに詳しい説明を受けました。翌日、向かう頂上のトロングラまでのルートは、私の体力ではメンバーと共に進むにはかなりの危険が伴うこと。

(危険の伴う理由)

(1)コースの一部に天候が変わりやすい場所(コースが狭く崖っぷちのところに時折、突風が吹くという悪条件)があり、その場所を気象条件のよい時間に通過しなければならない。そのためにはかなりの早朝に出発する必要がある。

(2)出発時は氷点下が予想され、途中で立ち止まるとメンバー全員が寒さのため体力を温存できない危険性がある。今までのように疲れたと言って立ち止まっていることはできない。

それらを考慮し全員が安全に頂上に上がるには、私にはふたつの選択肢があることを言われました。

(1)私ひとり、ここから付き添いを頼んで下山をする

(2)馬を借りて登る

考えるために残された時間は少なく、私は決断をしなければなりません。

下山するか、馬を借りて登るか…

できる!と自分で思い込めばできるのか、とは思ったもののやはり他のメンバーに迷惑をかけるわけにはいかないのです。また、下山をしてしまっては、ここまで苦しい想いをして登ったことが無駄になる、とふたつの気持ちの中で揺らいでいる自分がいました。

それでもやはり、一番大事なのはメンバー全員(私も含む)が無事にこのトレッキングを終えること。リーダーと話し合いの結果、結局、私は馬で登るということを選択しました(トレッキングで進んだメンバーに話を聞くと、やはりかなり危険なコースだったとのことでした)。

翌朝、メンバーは馬で登る私よりも1時間早い出発です。その時間に私も起きて見送りをしようと思いながら眠りにつきました。

(続)
《Asami SAKURA from Adelaide, SA》

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