その風景の中で、他の山よりも少しだけ目立って見える山がある。その山は、尖った頂が3つ並んだ山で、3本の足がついた鍋(昔風)をひっくり返したような姿をしていることから、「鍋足山」という名が付けられた。
鍋足山は、岩あり、滝あり、展望ありと登山コースが充実しており、里美地区を代表する名山である。また、山登りとしての楽しみだけでなく、山に生息する豊富な植物を見る楽しみも、鍋足山の魅力のひとつだ。その魅力が顕著に現れる季節が、春である。
鍋足山に登ったのは、4月中旬の春真っ盛り。春の鍋足山は、新しい生命に満ち溢れていた。木々の緑は若々しい黄緑色で、ピンクや白や黄色や紫や……実に様々な色の花があちこちで咲いている。冬の間は、落ち葉や樹木や土の色……茶色か、常緑樹の濃い緑しかない世界なのに、季節がひとつ変わっただけで、カラフルな世界に様変わりしていた。
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ゼンマイ。山菜そばが食べたくなる
色々な木、色々な草、色々な花。少し歩くたびに新たな発見があり、いつもの山歩きとは違った楽しみがあった。スハマソウ、イワウチワ、トウゴクサバノオ、ヒトリシズカ、スミレ、ダンコウバイ、シュンラン、ショウジョウバカマ、カタクリ、フキノトウ、ミツマタ……。
これらの名前の植物は、鍋足山に生息している植物の一部である。早春には、スハマソウの群生が見られることから、県外から鍋足山に足を運ぶ人も多いようだ。
さて、正直なところこれだけの草花の知識を筆者が会得しているはずもなく、それどころか鍋足山に登る前はこれらの草花の存在すら知らなかった。そんな筆者が春の鍋足山に登って、一際目を引いた植物がある。
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マムシグサ
その植物は、スラッと伸びた茎の先が、蛇の頭のような形をしていて、鍋足山の大中コース序盤から中盤にかけて、ところどころに生えていた。一風変わった形の植物で、今までに見たこともない。その異様な形状は、気味が悪くもあり、格好良くも見える。
あとで調べたところ、その植物には「マムシグサ」という名が付いていると知った。「マムシ」の冠が指すように、有毒植物である。
途中で見かけたイワウチワのかわいらしい花よりも、マムシグサに興味がわくとは。「私はひょっとしたら悪趣味かもしれない」と自分のセンスに自信をなくした、春の鍋足山であった。