6大会連続となるワールドカップ出場を目指して、後半戦に突入したアジア最終予選に臨んでいるハリルジャパンには、左サイドバックとして3人の選手が招集されている。
南アフリカ、ブラジルの2大会でレギュラーを務めたインテル・ミラノの長友佑都。所属するハンブルガーSVでキャプテンを担う酒井高徳は長友とともに、右もできるユーティリティーさをもつ。
浦和レッズで3バックの左を主戦場とする槙野智章は、守備とフィジカルの強さがより重視される戦いにおいて、日本代表のバヒド・ハリルホジッチ監督から重用されてきた。
そして、3人には共通点がある。いずれも右利きという点だ。彼らほどのレベルになれば左右両足で遜色なくキックできるが、それでも「左利きの左サイドバック」となると大きなメリットが生じる。
まずは左サイドからクロスをあげる際のキックの質。高低や強弱、カーブなどの変化をつけて、相手ゴール前へ走り込む味方へピンポイントで合わせるには、利き足で蹴ったほうが必然的に精度は高くなる。
もうひとつは相手との距離。たとえばドリブルを仕掛ける場合、レフティーは自身の利き足、つまり左タッチライン側にボールを置く。自分の体の横幅分だけ相手との距離が生まれ、ボールを奪われにくくなる。
理論はわかっている。それでも、歴代の日本代表を振り返ってみても「左利きの左サイドバック」が極端に少ない理由は、レフティーの選手そのものが希少価値となっているからに他ならない。
一説によると、日本人の人口に占める左利きの割合は約12パーセントと言われている。サッカーに置き換えると、11人当たりで1.32人。全員が左サイドバックでプレーするとも限らない。
J1を見渡せば、藤春廣輝(ガンバ大阪)、車屋紳太郎(川崎フロンターレ)をはじめとするレフティーが左サイドバックを務めている。そのなかで代表に最も近い存在が太田宏介(FC東京)となるだろう。
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日本代表で躍動する太田宏介
(c) Getty Images
■思わず自画自賛した完璧なクロスからのアシスト
ホームの味の素スタジアムで川崎フロンターレと対峙した18日の第4節。リーグ戦では通算29度目を迎えた「多摩川クラシコ」の後半41分、FC東京が1点をリードした状況で太田が大仕事を演じてみせた。
相手の縦パスを判断よく飛び出したカット。そのまま左タッチライン際を駆けあがり、ボールを収めたMF中島翔哉から絶妙のタイミングでヒールパスを受け取る。直後に一瞬だけ顔を右に向けている。
「前のほうでボールをもらったら、ゴール前の味方の動きをまず見るので」
味方の体勢はまだ整っていない。右側からは、センターバックの奈良竜樹がカバーに駆け寄ってくる。2015シーズンにFC東京でプレーした奈良の癖は熟知している。次のプレーをすぐに選択することができた。
「タツキ(奈良)との距離を考えたとき、ダイレクトでクロスをあげるよりは、一回突こうという感覚が自分のなかにあった。タツキが飛び込んでくるのはわかっていたから、上手く入れ替われたと思う」
猛然と間合いを詰めてくる奈良をいなすように、ドリブルで前へボールを運んだ。奈良も必至に追いすがるが、太田が体の左側にボールを置いている分だけ、体の幅がじゃまになってチャージできない。
ゴールラインが見えてきたあたりで、スピードに乗ったまま太田が左足を振り抜く。奈良のタックルは届かない。低く、速いクロスが相手GKチョン・ソンリョンの手前で、逃げるような軌道を描いていく。
「あの位置まで行けば、仕事をしないと。味方が入ってくるスポットもはっきり見えていたので。理想通り、狙い通りの完璧なクロス。4試合目でやっとクロスからアシストができて、正直、ホッとしましたね」
FWピーター・ウタカが、センターバック谷口彰悟と左サイドバック車屋の間に生じていたスペースに、これ以上はないタイミングで走り込んでくる。ジャンプ一番、右足を合わせた完璧なボレーが勝負を決めた。
■拙い英語でとけ込んだオランダでの日々
奈良にボールを触らせなかった縦へのドリブル突破。難しい体勢からピンポイントで、しかも鋭いカーブの変化をかけた絶妙のクロス。左利きの利点が最大級に生かされた、スーパープレーだったといっていい。
開幕直後の今月1日にサンフレッチェ広島から期限付き移籍で加入。後半17分から途中出場したフロンターレ戦が新天地でのJ1デビュー戦だったウタカも、初ゴールの喜びを太田へ捧げている。
「あの場面では太田選手が縦へいいもち出しをしたし、僕がいいスペースに入っていけば、彼から精度の高い、素晴らしいクロスが入ってくることもわかっていた。特に難しいことは考えずに、右足を当てることだけを意識した。半分以上は太田選手のゴールでしたね」
FC東京には勝利した後のゴール裏でサポーターと一緒になって腕を突き上げ、「シャー!」と叫ぶ勝ちどきがある。ウタカもさっそく、DF吉本一謙から伝授されたパフォーマンスを披露してみせた。
「見た? 見た? OKね?」
試合後の取材エリアで「シャー!」の話題になると、来日3年目を迎えている33歳の元ナイジェリア代表は、人懐こい笑顔とたどたどしい日本語で感想を尋ねては周囲の爆笑を誘った。
1年前は太田もオランダの地で、いま現在のウタカと同じ環境にいた。2015シーズンのオフに、4年間プレーしたFC東京を退団。太田へ熱いラブコールを送っていた、オランダのフィテッセへ完全移籍した。
指揮官交代に伴う戦術変更もあって、2016‐17シーズンの序盤戦では干された時期もあった。それでも信頼を勝ち取り、セットプレーのキッカーも任されるようになった軌跡を、ウタカとダブらせながら笑う。
「僕もオランダで、拙くてもいいからとにかく英語でどんどんしゃべりかけることで、チームにとけ込んでいった。ウタカは本当に明るい性格で、冗談もよく言う。外国人がしゃべる日本語って、けっこう面白く聞こえますからね。どんな日本語? まあ、下ネタとかいろいろですね」
■古巣FC東京の熱意に導かれたJリーグ復帰
フィテッセとは4年半契約を結んだが、1年とたたないうちに古巣からオファーが届いた。違約金を払ってまで、再び自分を迎え入れたいとするFC東京の熱意に胸を打たれた。
太田を欠いた昨シーズンの左サイドバックには、高卒2年目のレフティー・小川諒也が抜擢された。セカンドステージでは、本来は右サイドバックのベテラン徳永悠平が回るケースも多かった。
ともに奮闘したが、30歳を目前に控えて円熟味を増し、オランダで強さも身にまとった太田が必要だとフロントは判断したのだろう。セットプレーを託せるキッカーも、勝負をかけるシーズンに求められていた。
大久保嘉人(前川崎フロンターレ)や永井謙佑(前名古屋グランパス)、そしてウタカといった新加入の攻撃陣へ。日々の練習から口を酸っぱくしながら、何度も意思統一を図っていると太田は言う。
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クロスは武器と自負する
(c) Getty Images
「オランダに行く前からクロスは自分の武器だったので。ただ、中に入ってくる味方と合わなければクロスは成立しない。練習から常に『ここに入って来てくれ』と注文しているし、自分が合わすというよりも、自分のクロスに合わせてもらうような連携をもっと磨いていきたい」
最後にハリルジャパンでプレーしたのは、2015年8月の韓国代表戦。イラク、オーストラリア両代表と対戦した昨年10月のアジア最終予選では、欧州組のなかでただ一人、出番なしに終わった。
FC東京に復帰したことで、欧州組を高く評価するハリルホジッチ監督のなかにおける序列は下がったかもしれない。それでも、自らの決断を悔いるつもりは毛頭ない。
「チームとしてのボールの動かし方があまりよくなかったけど、今日はある程度高い位置で起点を作れたので、押し上げる時間もあって前で絡むことができた。次もアシストを狙っていきたい」
日本サッカー界で稀有なスペシャリスト、左利きの左サイドバックにしかできない仕事をハイレベルで完遂していく。目標を成就させていった先にはチームの勝利と、代表復帰がおのずと待っているはずだ。