八溝山には、八溝五水と呼ばれる湧水がある。登山道にある金性水、銀性水、白毛水、龍毛水、鉄水の五つの湧水がそれだ。
●日本名水百選・八溝五水
この八溝五水は日本名水百選にも数えられており、命名したのは水戸黄門様こと徳川光圀公である由緒正しい湧水なのだ。そのような名水があるならば、ぜひとも行ってみたい。名水とやらを手ですくって飲んでみたい。
しかし、同行した山の初心者はすでにお疲れ気味。身体全体から「もう帰ろう」というオーラを発している。けれども、筆者としてはせっかく八溝山に来たのなら、八溝五水は押さえておきたい。なので、必死に同行者の説得を試みる。
「八溝五水という名水があって、日本名水百選にもなっていて…」
八溝五水の素晴らしさをアピールするも、「ふうん。そうなんだ」と同行者はいまいち乗り気になってくれない。
ならば、と思い「八溝五水をすべて巡って、その水を飲むと願いが叶うらしい」という口から出まかせを言ってみる。
流行のパワースポット的なフレーズを用いれば、誘いに乗ってくるかもしれないと踏んだ。すると、「仕方ないな」とどうにか名水巡りに付き合ってくれることになった。
●銀性水は、枯れていることもしばしば
早速、頂上から一番近い銀性水へ。道しるべに従って歩いていくとそれらしきスポットにたどり着く。石碑に彫られた「銀性水」の文字に心躍るが、そこに名水の姿はない。
小さな泉の跡のようなものはあるが、石で囲われているだけで、肝心の水がないのだ。もしや、これが銀性水なのか。「水」と書かれてはいるが、水ではなく、あたかもここに水があったかのようなこの形跡を、銀性水と呼ぶのではないか(芸術的な感覚で)。
「ないじゃん、水。叶わないじゃん、願いごと」
せっかく同行者を乗り気にさせたのに、これでは先ほどの説得が台無しである。ここは何とかフォローをしなければ。
「水がないなら、カロリーメイトを食べればいいじゃない」
そう言って、ザックの中からカロリーメイトを取り出し、満面の笑顔で差し出した。
「いるか!昼食直後じゃ!」
差し出した手は跳ね除けられて、カロリーメイトが宙を舞った。やはり、ケーキやブリオッシュじゃないのが、気に入らなかったようだ。
《久米成佳》
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