以前、仕事で福島県に滞在したことがある。
その際に、地元の方に安達太良山はどこかと訪ねた。
「ほら、あの山だよ。ぽちっとした突起があるだろ? あれが安達太良山」
そう言って地元の方が指さした方向には、一塊の山々があった。その塊の一つに、確かに突起がある山が見える。仕事など放り投げて、今すぐにでも登りに行きたくなったが、さすがにそれはいい歳をした大人がやることではないと思い、我慢をした。
それからというものの、仕事で福島県に来て安達太良山を眺める度に、いつかこの山を登ろうと思うようになる。そうして、数ヶ月後、ついにその機会がやってきた。
◆行列登山
薬師岳から「ほんとの空」を眺めた後、安達太良山頂に向けて歩を進める。途中、ロープウェーに乗ってきた人々と合流し、行列登山が始まった。メジャーな山を歩いた経験が少ないので、他人のペースに合わせて歩くことに疲れを感じる。
だが、平坦な道から傾斜のきつい登りとなると、ひとりふたりと脱落者が続出し、形成されていた行列は次第にまばらになっていった。
登山者の数が少なくなり、これは歩きやすくなったと思うどころか、筆者もまんまと脱落者の仲間入りをすることになる。
「山頂はまだかまだか」と駄々をこねながら登っているうちに、周囲の木々が低くなっていることに気づく。視界は広がり、安達太良山の頂きが間近に見えてきた。
◆圧巻の風景
「うおっ」と思わず立ち止まる。
遠くから見た安達太良山の突起は、それこそ小さなぽっちであったが、近くで見るとかなりの迫力があった。突起は大きな岩の集合体で、その上に立つと磐梯山やら他の福島県の山々が見渡せた。
遠く街のあたりをじっくりと眺める。恐らく、仕事をしていた場所はあの辺かなと思うと、感動もひとしおである。いや、感動したのは山頂だけにあらず。山頂から鉄山に続く稜線からの景色は、恐怖心すら抱くほどの眺めである。
特に、牛の背から見る沼ノ平と呼ばれる火口は圧巻であった。火口付近は雪のように白く染まり、そこだけポッカリと湖でもあるかのように平らになっている。その周囲を茶色の勇ましい山々が囲み、囲いの先に流れる一筋の水の流れ(硫黄川だ)。
この光景を初めて見て、「きれいだね」などという平坦な感動を示す言葉は出ないだろう。恐らく、多くの人が言葉を失うに違いない。かくいう筆者も、「うわぁ」という感嘆詞が口から出たが最後、見事に言葉を失って、ただ黙ってその景色を眺めていた。
「宇宙だね」
一緒に安達太良山を登った友人がぽつりと言葉をこぼした。宇宙か、その通りだ。沼ノ平には、宇宙が広がっているのだ。
《久米成佳》
page top