リオ五輪を目指す副島正純…車いすを受け入れたら世界トップを駆けていた | CYCLE やわらかスポーツ情報サイト

リオ五輪を目指す副島正純…車いすを受け入れたら世界トップを駆けていた

スポーツ 選手
東京ビッグサイトで9月5日に行われた「副島正純車いすレースディレクター講演会」で、副島選手は講演後、競技用専用車いす「レーサー」試乗会にも参加。初めて車いすに乗る来場者たちに笑顔でアドバイスした
  • 東京ビッグサイトで9月5日に行われた「副島正純車いすレースディレクター講演会」で、副島選手は講演後、競技用専用車いす「レーサー」試乗会にも参加。初めて車いすに乗る来場者たちに笑顔でアドバイスした
  • 東京ビッグサイトで9月5日に行われた「副島正純車いすレースディレクター講演会」
  • 東京ビッグサイトで9月5日に行われた「副島正純車いすレースディレクター講演会」で、副島選手は講演後、競技用専用車いす「レーサー」試乗会にも参加。初めて車いすに乗る来場者たちに笑顔でアドバイスした
  • 東京ビッグサイトで9月5日に行われた「副島正純車いすレースディレクター講演会」
  • 東京ビッグサイトで9月5日に行われた「副島正純車いすレースディレクター講演会」で、副島選手は講演後、競技用専用車いす「レーサー」試乗会にも参加。初めて車いすに乗る来場者たちに笑顔でアドバイスした
  • 東京ビッグサイトで9月5日に行われた「副島正純車いすレースディレクター講演会」
  • 東京ビッグサイトで9月5日に行われた「副島正純車いすレースディレクター講演会」で、副島選手は講演後、競技用専用車いす「レーサー」試乗会にも参加。初めて車いすに乗る来場者たちに笑顔でアドバイスした
  • 東京ビッグサイトで9月5日に行われた「副島正純車いすレースディレクター講演会」
3大会連続パラリンピック出場の車いすランナーで、リオ五輪を目指す副島正純は、9月5日の講演会で車いす生活に転じて得た変化や、車いすで走る楽しさ、自分だけの集中できるフィールドなどを語った。

1970年、長崎県諫早市で生まれ育った副島。家業の鉄工所を手伝っていた23歳のころ、鉄板落下事故で脊髄を損傷して車いす生活となった。「車いすと出会って、これまで以上にいろいろ挑戦できるようになった。健常者時代よりもあらゆることにチャレンジするようになった」という。

「車いすと出会い、自分の人生が大きく変わった。この陸上競技にのめりこんでから、車いす生活となった自分を『あきらめる』ではなくて受け入れるようになった。そう思い始めて、すごく楽しくなった」と語る。この言葉は、パラリンピック6大会連続出場、全盲の競泳金メダリストの河合純一氏の「逆境は乗り越えるというよりも、受け止めることが大事」に重なる。

こうした受け止め方の変化から、車いすのトラック競技で「日本一、世界一になる」と想い始めたとたん、五輪出場のチャンスがおとずれる。気がつけばアテネ、北京と連続出場し、初出場のホノルルマラソンを大会新記録で初優勝。さらにボストンマラソン、ベルリンマラソンで日本人選手初優勝、2011年には東京マラソン4度目の優勝、ボストンマラソン2度目の優勝と立て続けにタイトルをつかんできた。

車いすレースで常に先頭を駆ける彼は、講演会場でランナーたちに「まず、走ることが好きになること。これがいちばん。僕にとって、走っているときが『いちばんまっ白になれる時間』。ささいなことや小さな不安などが、いっさい忘れられるとき」と走り続けるヒントを送った。

そしてトレーニングの場、集中できる場として選ぶのが、地元諫早の海辺だ。3輪を操る豪腕アスリートは、「諫早干拓の慣れ親しんだ道を走るときが、いちばん集中できる」とも話していた。
《大野雅人》
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