【アーカイブ2009年】リンスキーR420、レーシングチタンフレームが背負う残酷な現実と自転車エンジニアリングの本質 安井行生の徹底インプレ | CYCLE やわらかスポーツ情報サイト

【アーカイブ2009年】リンスキーR420、レーシングチタンフレームが背負う残酷な現実と自転車エンジニアリングの本質 安井行生の徹底インプレ

オピニオン インプレ
安井行生のロードバイク徹底インプレッション




「理想を求めるハンドメイドチタン」という贅沢



リンスキーのフラッグシップ、R420。この美しいチタンバイクで300kmを後にした安井は、「これに乗るということは、設計者の意志と努力そのものに乗るということ。だからこそ冷静に接するべき」 と語った。レーシングチタンフレームが背負う残酷な現実にも目を向けながら、そこに体現された自転車エンジニアリングの本質を問う。



(text:安井行生 photo:我妻英次郎/安井行生)



08シーズンまでリンスキーの旗艦を務めていたR420は、トップチューブとダウンチューブが6-4チタン、その他は3-2.5チタンで構成されたチタンフレームである。真円パイプを多用したR220とは違い、420はヘッドチューブとシートチューブを除いた全てのパイプが異型加工される。非常に太いダウンチューブはヘッド側の縦長菱形断面から始まり、途中で縦横比を変え、横方向に薄い菱形となってハンガーに繋がっている。トップチューブもピシッとエッジのたった菱形断面。ベンドするR220に対して直線となるシートステーも、細いながらしっかりと菱形である。チェーンステーはドライブトレイン側が縦楕円、反対側が横方向に扁平された楕円と左右非対称だが、単なる剛性よりもバランスを重視したのだろう、トップチューブやダウンチューブと比べるとバック三角は華奢だ。(すでに後継モデルとして、HELIXシェイプと呼ばれる螺旋状のシートステーを採用しリアトライアングルを強化しているというR430が発表されている。エンドの形状もリンスキーのコーポレートマークであるクローバーの装飾を施した美しいものとなった)



※試乗車はLEWのカーボンホイールを履いていたが、このままでは冷静かつ正当な評価はできないと考え、LEWホイールに加えてマヴィック・キシリウムSLとカンパニョーロ・ユーラスでもテストを行った。







スペック







美点か欠点かはたまた奇跡か、走りは慣性に従順







この凛々しくも美しいR420の仮オーナーとなっていた半月ほどの間、僕は走りに行ったあらゆる先で出会った自転車好き、街中の信号待ちで一緒になったレーシーなサイクリストやショップのマニアックなスタッフ、峠で出会った細身のヒルクライマー、もちろん僕の友人達などから、質問攻めに遭い続けた。



「もう手に入れたんですか?」 「硬い?柔らかい?」 「この仕上げはオーダー?」 「買うとしたらライトスピードとどっち?」



中には携帯で写真を撮る人もいたくらいで、こんなことはデリバリーが始める前のニューマドンに乗っていたとき以来である。マニアックで知る人ぞ知るブランドかと思っていたが、意外にもその注目度は高いようだ。



そんなR420だが、形状はライトスピードのアルコンT1に似る。特に多角形トップチューブ (アルコンは六角形、R420は菱形という違いはあるものの) と、縦長菱形断面から横長菱形断面へと形状を変えるダウンチューブはそっくりだ。やはりチタンという金属で軽量性と動力性能を追求し両立させようとするとこのような形状に行き着くのだろうか。



ディティールは惚れ惚れするほど素晴らしく、仕上げの美しさは本家のそれと比べて勝ることはあっても決して劣ることはない。さすがはクラフトマンシップが息づくチタンフレーム、ペタペタガッチャンポンと作られる大量生産カーボンフレームとは存在感が違う。放つオーラが違う。構造体としての密度と濃度が違う。もちろん価格もえらく違うが。聞くところによると、リンスキーは創業にあたってかなり腕のいい溶接職人を集めたのだとか。



試乗車はオプションのエッチング加工によって攻撃的なファイヤーパターンが描かれている個体。チタンの鈍い輝きに弱い僕にとってそれはかなり魅力的なルックスで、乗る前から若干ノックアウト気味である。







06年創業、今季日本初上陸。故に先入観ゼロ。しかし走り始めた瞬間に感じられたのは、「例の、いかにも、これぞ」 なチタンフレームテイストだった。グッと踏むとギュギュッとしなる。しかし中心にはしっかりとした芯があり、ショックは伝えてくるが、まろやか。



だが、拾ったロードノイズやシフトショックを薄いダウンチューブ内でカーンカーンと反響させながら、剛性というよりはフレーム表面に強く張り詰めた張力でパリッと軽やかに転がる走行感は、アルコンというよりギザロに似る。「いかにもチタン」 というテイストの中から肉薄フレーム独特の辛味が滲み出し、ライダーをピリリと刺激してくる。



ゼロスタートやヒルクライムなどで大パワーを与えたときの反応の鋭さは、近年のピュアレーシングバイクのギンギンの性能には一歩劣る。それは特に登りをダンシングで踏み込んだときなどに顕著に感じられ、急坂では華奢なバックがたわんでモチッとした踏み味になる。いくらパイプ形状を複雑に加工し工夫しているとはいえ、カーボンと違って単一素材であるチタニウム、材料力学の世界で奇跡は起きない。このリンスキーも加速や登坂では慣性の法則に従順である。レースをする人にとってみれば、これは欠点だ。



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