コンタドールがツール・ド・フランスで総合優勝するという
絶好の宣伝効果と共にデリバリーが開始され、各所で高い評価を得ている。
果たしてその評判は本当なのか? マドン5.2プロを一週間・400kmに渡ってじっくりとテスト!
(text:安井行生 photo:我妻英次郎/安井行生)
僕の相棒、少し古いTREK 5500は本当によく走るフレームだ。2000年当時としては相当に硬いコイツのインプレッションは簡単で、「踏めば踏んだだけ進む」。それだけ。そして半年ほど前に07モデルのマドン5.2を走らせる機会があったのだが、受けた印象はミレニアム生まれの5500とさほど変わるものではなかった。フィーリングの枝先は良くなり、洗練されてはいるがやはり基本設計は同じバイクなのだ。
ツール・ド・フランス7連覇を成し遂げた5000系と旧マドン。そんな誰もが認める名車達を生み出したTREKだが、08年ロードバイクシーン機材面でのビッグニュースといえば「all new マドンの誕生」である。インテグラルヘッド搭載・スローピングジオメトリ採用という事実に向けられた、TREKよおまえもかという揶揄の声を吹き飛ばし、それを飛び越えた渾身のニューモデルだ。画期的なシートマスト構造、インテグラルBB、no90テクノロジーによるE2フォーク、大口径ヘッド、プロとパフォーマンスの2種類のジオメトリの用意など、スペックを見れば立派な新世代バイクとなっている。
このマドン5.2という完成車はアイスグレーのニューカラーと大幅な軽量化で話題を呼んだアルテグラSLがフルアッセンブルされたマドンシリーズの3rdグレードだが、フレーム自体にはOCLVブラックという2ndグレードが採用されており、マドンシリーズでは一番の売れ筋となるであろうモデルだ。今回はトレック・ジャパンの好意により、このマドン5.2プロに一週間に渡ってじっくりと乗り込むことができた。走行距離は400km以上、あえて名車のシルエットを脱ぎ捨てたニュー・マドンの現実をお伝えする。
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工業製品然としていた先代から一転、なめらかで有機的なフレームワークが印象的
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どちらかといえば質素で飾り気がなかった去年までのモデルから一転、ニューマドンは流麗なフレームラインと洗練されたカラーリングで同じTREKとは思えない造形美を湛えている。この造形美は機能美へと昇華するのか。自分の5500とのあまりの違いに少し戸惑いながらペダルに力を込める。
静止状態からの踏み出しは軽く、ゼロ加速はかなりハイレベル。しかし脚へのアタリがソフトで硬すぎないのが特徴だ。ミドル~ビッグギアでの中間加速性能は他のハイエンドバイクに比べて決して抜きん出ているという感覚はないのだが、気が付くとチェーンがアウターギアにかかっており、かなりのスピードが出ている。それほどスムースに走り始め、滑るように加速するのだ。しかしペダリングのムラに気をつけたほうが中速域から高速への伸びがいいだろう。
吟味された扱いやすさと乗り心地
ハンドリングは前モデルの5000系と同じく、直進安定性重視のバイクに比べると切れ込む方だが、決して不安定という訳ではなくナチュラルと言えるレベル。慣れればバイクを手足のように振り回せる武器となるだろう。半径の小さいコーナーを一気に倒しこんでスパッと曲がれる気持ちよさは、このバイクのように軽量な車体と良質なハンドリングの共存だけが持ちうるものだ。
快適性については文句のつけようがない。振動を完全にカットして視線をフラットにしてしまうのではなく、路面からの振動を “不快なバイブレーションの排除+正確な情報” というフィルターを通してからハンドルに伝えてくるので、適切で心地の良いロードインフォメーションを得られるのだ。ギャップを越えるとハンドルには「コクッ」というまろやかな、しかし正確な振動が伝わってくる。レーシングロードバイクの乗り心地はこうであってほしいものだ。
決して軽くはないホイールで最速タイムが出てしまった
しかしどちらかと言えばシッティングやキレイなフォームのダンシングをスタイルとするライダーに向いていると感じた。上半身とハンドルを大きく振るようなガチャ踏みダンシングではフレーム後半がわずかにたわむ(といっても超ハイレベルでの話だが)。ダンシングのスキルを必要とするが、キレイにペダルを回せる人やシッティングを好むライダーにとっては最高のヒルクライムパートナーとなってくれることだろう。
シマノWH-7801-Carbonやボントレガー・トリプルXなどの軽量・高剛性ホイールを入れるとさらに突き抜けた性能が得られると思われる。
スタビリティ、コンフォータビリティ、全てがハイレベルで好バランス!
さらに1.5インチまで拡大された下ヘッド径がダウンヒルで光る。この大口径化の効果は絶大で、ヘッド周りの剛性感はかなり高い。下りでの安定感は抜きん出て素晴らしく、荒れた路面もストトトトン、といとも簡単にクリアしてしまう。あらゆるコーナーで不安感は全くなく、ビシッとオンザレールで思い描いたラインをトレースできる。初期の5000系に見られたヒラヒラとした不安定さは完全に払拭されている。クリッピングポイントをギリギリまで攻められるので、頭のすぐ横をガードレールの支柱がヒュンヒュンと音をたてて後方へと過ぎ去り、コーナー出口が見えたら直線に向けてキレの良い加速でかっ飛ばす…こんなにダウンヒルが楽しいバイクは初めてだ。
そして、絶妙な剛性バランスのおかげか、バックのたわみがストレスを逃がしているのか、脚の芯に響くような疲労感がかなり軽減されていることが2本目のヤビツ登坂で実感できた。ガチガチのバイクは筋肉の芯に鈍痛を残し、柔らかいだけで進まないバイクではタイムが出ない。ニューマドンの脚への優しさは今まで乗ってきたバイクの中でピカイチで、「よく進む」ことと「脚に優しい」こと、この2つのファクターをここまで高いレベルでバランスさせたフレームを、僕は他に知らない。
チョイ乗りしただけで「面白みがない」と言うのは簡単だが…
同じく「新世代」と呼ばれるホイール、MAVICのR-SYSもそうだったが、このニューマドンのように総合的なバランスが優れているバイクは個性が突出しない分、少し乗っただけではその良さの本質までは理解しづらい。そして評価もコメントも平凡になりがちだ。ある程度の距離・時間を乗って初めて、その性能の奥行き、その懐の深さが理解できるものだ。
カタログが謳う 「調和したパフォーマンス」 の真意
試乗を終えて編集部に戻り、マドンの本質に触れることのできた感動の余韻を引きずりながらカタログを眺めていると、あるページにこの高性能バイクにピッタリな言葉を見つけた。従来のレーシングロードバイクにはおよそ似つかわしくない、“調和” という単語である。僕はマドンで400kmを走り、初めてこの言葉に納得している。
アスファルトとの調和、筋肉との調和、意思との調和、そして、ライダーとの調和。
「新世代」への移行は、こうして静かに進行しつつあるのだろう。