JAMISのイメージを覆す「3度目のゼニス」 vol.1 | CYCLE やわらかスポーツ情報サイト

JAMISのイメージを覆す「3度目のゼニス」 vol.1

オピニオン インプレ
安井行生のロードバイク徹底インプレッション
安井行生プロフィール

JAMISのイメージを覆す「3度目のゼニス」
08モデルのゼニス・レース、09のゼニス・レース、今回の09ゼニスSLと意図せずしてゼニスマイスターになりつつある安井だが、インプレ直前に約3年ぶりの落車、しかも見事な顔着をメイクして顎・鼻・唇ザックリ。それに怯むことなく軽量化を果たしたSLをヤビツその他の峠に連れ出す第40回。絆創膏が見苦しいですが、どうかお許しを。
(text:安井行生 photo:我妻英次郎/安井行生)
vol.36にご登場願ったジェイミス・ジャパンのK氏が、またしてもゼニスを送ってくるのだという。すでに三度目のゼニスである。もうお腹いっぱいです、と断ろうかとも思ったが、「いやいや今度のゼニスは違うんです!」 と言って譲らない。“今度のゼニス” とは、ゼニスSL。使用されるカーボンのグレードをノーマルのM30/T700混成からM40単一へと変更した、軽量バージョンである。SL (=Super Light) の名の通り、フレーム単体重量は850gと並み居る強豪も尻尾を巻いて逃げ出す軽さを持つ。
この850gという数字はカタログ値だが、ジェイミス・ジャパンによるサイズ54の実測重量も全く同じ数字だったそうである。試乗車のサイズ48ならもっと軽いはずとのこと。無塗装状態・最小サイズのフレーム重量で誤魔化したり、プラス側に誤差 (?) が大きかったりするメーカーが多いなかで、どこまでも真面目なブランドである。
ちなみに、M○とT○と表記されるカーボンはいずれも東レの製品で、MとTでは引張強度 (耐えられる最大引張荷重=どれほどの力を加えると壊れるか) と弾性率 (外力に対する変形のしにくさ) のバランスが違うとのこと。大まかに言えば、Mがその差が少なく (=変形しにくいが壊れやすい)、Tが大きい (=変形しやすいが壊れにくい)。
ノーマルのゼニスはM30 (引張強度:5490MPa/引張弾性率:294GPa) とT700 (引張強度:4900MPa/引張弾性率:230GPa) を各所で使い分け、強度と剛性のバランスをとっていた。対するゼニスSLでは、使用するカーボンをM40の一種類としている。M40の繊維特性は引張強度:4400MPa/引張弾性率:377Gpaであり、弾性率 (=剛性) と軽量性を劇的に向上させているが、それと引き換えに、引張強度 (=破断強度) は少し犠牲になっていることが分かる (破断強度などタクシーのケツに相対速度30km/hでキスでもしない限り関係のない話だが)。カーボンは積層方向や積層数で性格がガラリと変わるので簡単な判断は出来ないが、数字から分かることもあるはずだ。
このゼニスSLはデュラエースとコスミック・カーボンSLで武装したゼニス・チームとして完成車販売されるほか、ジェイミスにしては珍しくフレーム販売も用意される。このフレームはアメリカのコンチネンタルプロチーム、コラヴィータ・レーシングに供給され、すでにツアー・オブ・カリフォルニアなどのビッグレースで活躍を見せているプロユースバイクでもある。
ジェイミスらしく飾り気のないマットブラックのフレームはいかにも武器という感じがしてステルス風にクールではあるが、やはり見た目からして“No Gimmick”を地で行くものだ。形状にしても表装グラフィックにしても、オーバーデザインのものが多い中ではかえって新鮮に見えもする、というのは独断にすぎるか。色っぽくはないが、存在感がある。
ちなみにカンパニョーロ・スーパーレコードと2Way-Fitのユーラスというギンギンのレーシングコンポで組まれたこのバイクは、ジェイミス・ジャパンの広報車ではなく、K氏のプライベートバイクだった。

スペック

性能をより大きく支配するのは素材?形状?

近代ピナレロの各車、トレックのマドンシリーズ、キャノンデールのハイモッドバージョン、フェルトのF1とF2、メルクスのEXMシリーズ、オルベアの新旧オルカ。どれも同じモールドで素材のグレードを変え、進化 (モデルチェンジ) 又はバリエーションの多様化を実現しているバイクである。モールドを流用すれば劇的なコストダウンが図れる (僕らユーザーはその恩恵に与れるわけだが) というカーボン時代ならではの手法だが、理想を言えば、一つのカタチには一種類の素材、ある素材で作るバイクはそれに合った唯一の形状があるべきである (ように思える)。
しかし、ピナレロのFP3とFP7などを乗り比べると分かるが、どちらにもそれぞれの良い性能を出しており、しかも上手くまとめてきているのだ。扱いやすく万能タイプのFP3。硬派でレーシングマインド溢れるFP7。どちらも同じ形状ながらロードバイクとして全く別種の (というか対極にあると言ってもいい) 長所を持っている。このようなバイクに乗ると分からなくなる。重要なのは素材なのか形状なのか。バイクの性能をより大きく支配しているのは、どっちのファクターか。結局両方 (というか分からない) なのだろうが、そんなことを考えながらゼニスSLに接するのもまた愉しい。

分かりもしないことについて四の五のいうのはこれくらいにして、ペダルを踏んでスタートしよう。するとすぐに、素材のアップグレードが軽量化というよりは高剛性化に多大な貢献をしていることが感じ取れる。明瞭に硬いのだ。軽量バージョンというよりは、高剛性バージョンといった方が適切である。マットな表面処理と細かな12Kカーボン繊維の網目というパイプの見た目から想像した通りの石のような剛性感がありながら、決してカチカチではなく、脚力を上手くいなす懐の深さも持つ。
僕の体重で踏んだ限りでは、ダッシュは決して遅くないが、びっくりするほどではない。ターマックSL2のようにキレている感じはないものの、トルク一定のまま一本調子でスピードが上昇する。「いかにも硬いモノを踏んでいる」 というしっかり感は、まさにレーシングバイクの踏み味そのものだ。
しかし、ゼニスSLが水を得るのはある程度のスピードに乗ってから。中速域以上になると、このバイクに対するイメージが一変するのだから面白い。スピードを上げ、強い前後Gをかけ強い左右Gをかけ、さらにそれらを連続して可変させる。そういう慣性に逆らった走りをするにつれ、操作に対する反応がカッチリとし、ギュッと身が締まるように凝縮感と軽快感が強まってくる。
なぜそう感じるのか。比較的大きな曲げ/ねじり入力に対してフレームのリアクションが最適化されている (=単純に言うと硬い?) からだろうか。低Gより高Gコーナリングに対しての抵抗力、軽く回しているときより大きなペダリング入力に対しての抵抗力を前提として設計されているようだ。これはFP7などにも感じられた特性である。
逆に言えばそこそこに速く走らないとゼニスSLに乗っている意味が見えてこない。高速域での加・減速や旋廻は低速でのそれよりキビキビしており、それを味あわずしてなんのためのSLか、と言いたくなるほど。このバイクにとって、低・中速域など単なる過渡域にすぎない。街乗りやサイクリングロードで爽やかな汗をかくためのバイクではなく、「踏む人」 のためのバイクなのだ。
《編集部》
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