
6月6日の対北海道日本ハム・ファイターズ戦、1点リードを許した7回に登板した広島カープの栗林良吏はその回を無失点でおさえ8回には味方が逆転、3年目にしてプロ入り初勝利をあげた。
◆存在価値を否定されたクローザー松井裕樹の「情けない期間」と大谷翔平の圧倒的な「三刀流」
■クローザーの「勝ち星」について
「無失点中継ぎで嬉しいプロ初勝利」という見出しを振ったネットメディアもあったが、果たして心中はどうだっただろう。当日のプロ野球ニュースで解説者も驚いていたが、私もそれまで一度も勝ち星がなかったことには気がつかなかった。クローザーが勝利投手になってしまうことは10日に一度くらい、どこかの試合で起きている。
6月27日でも8回まで無失点に抑えたオリックス・バファローズの宮城大弥のあとを受けて9回にマウンドに上がった平野佳寿が失点、その裏の森友哉のサヨナラ本塁打で彼は勝利投手になった。8回を零封した宮城の白星を横取りした形であり、サヨナラ勝ちで沸き返るナインの中で平野と宮城だけは手放しで喜べなかったと察するが、もちろんふたりは沈んだ顔を見せていない。

平野佳寿 (c)Getty Images
毎日試合があるプロ野球でそれを引きずってはいられない。打たれたときだけ記者に囲まれるといわれるクローザーの仕事は背負うものが重く、心身ともに重労働であることはこの欄の読者には説明する必要もない。
栗林も最初の2シーズンにセーブ失敗が一度もないわけではなかったが、自分が勝ち星を奪う形には一度もならなかったということだ。
ここでクローザーの「勝ち星」について考えたい。
今の30代以下の野球ファンにはなじみがないと思うがセ・リーグでは1976年から、パ・リーグでは1977年から2004年まではセーブポイント(SP)があり、それをもっとも多く稼いだ投手が「最優秀救援投手」として表彰されていた。チームへの貢献に対し、適切な評価を受けていなかった救援投手にむけ考案されセーブと救援勝利の合計を救援投手の実績とし公式記録に導入。現在は廃止されている。
セーブと救援勝利を足すため平野のような勝ち星もそうだし、先日の栗林のようにビハインドの場面で出てきた投手が味方の逆転で勝利投手が転がり込むのも救援勝利である。4回で先発投手が降板、序盤のリードを一度も追いつかれず継投で守り切り、クローザーが2イニング、それまで1イニングずつの継投でしのいだ場合はクローザーにセーブでなく勝ち星がつく。

佐々木主浩 (c)Getty Images
大魔神と呼ばれた佐々木主浩(元横浜ベイスターズ、シアトル・マリナーズ)が日本で投げていた頃はこの制度だったが「自分はセーブのみが必要でセーブポイントは追いかけない」と語ったことがある。つまりクローザーにとって勝利投手は不要という立派な心意気であり、当時の権藤博監督も「1イニングでセーブのつく場面でしか起用しない」というものだった。
私が思う理想のクローザー起用法とそれに応えた佐々木が残した1998年の数字が51試合登板、1勝1敗45セーブという見事な成績である。これにくらべ、2021年の栗林の53試合登板、0勝1敗37セーブ、つまりセーブのつかない場面での起用が多かったことが一目瞭然である。新型コロナの余波により延長がない期間だったこともあるが、同点の9回裏の登板が多かったのは気の毒であった。
■クローザーの寿命に思う
3点差以内のリードで最終回の登板に備えている間に味方がリードを4点以上に広げることも頻繁に起きる。ホームなら8回裏の攻撃、ビジターなら9回表の攻撃中にリードが4点に広がったとき、投手出身の解説者でも「これは肩を作って気持ちも高めているのだからそのまま登板させるべき」という人が多いように思う。多くの現職の監督もそのようにしているが、私は「こんなことをしているからクローザーが短命に終わる」と思っている。
4点差になったとたんにブルペンの別の投手に「登板はお前になる」と準備させるのは大変なのは理解できる。権藤監督が「佐々木がシーズンを通して働くのがチームのためだ。がまんしてくれ」とていねいに説明していたのかどうかはわからない。
実際、佐々木はつぶされることなくクローザー人生を全うできたが広島の中﨑翔太やヘロニモ・フランスアなどは回またぎやセーブがつかない場面の登板など、大事に守られてなかった印象が強い。もちろん19シーズンにわたりプロ野球記録となる407セーブを挙げた元中日ドラゴンズ岩瀬仁紀のように何年もこの仕事を守り抜いた投手もいるので一概にはいえないのだが、大勢や栗林のパフォーマンスを見ると、先行きが不安でしかたがない。

岩瀬仁紀 (c)Getty Images
元中日の与田剛はルーキーイヤーの1990年に登板数50で88回3分の1も投げており、4勝5敗31セーブという活躍だったが、翌年から引退するまでこの年のセーブ数に一度も並ぶことはできなかった。92年に41試合に登板し23セーブを挙げたが、プロ7シーズンで8勝19敗59セーブに終わっている。
◆行き過ぎたリスペクトもいかがなものか… トレバー・バウアーの“刀パフォーマンス”封印騒動を考える
◆「ペッパーミル・パフォーマンス」vs. 高校野球100年の歴史 学生野球憲章の意義とは…
◆アメリカのファンが今知る大谷翔平が犯した最恐の悪事 「視聴者が見たことないダークサイド」とSNSで拡散
著者プロフィール
篠原一郎●順天堂大学スポーツ健康科学部特任教授
1959年生まれ、愛媛県出身。松山東高校(旧制・松山中)および東京大学野球部OB。新卒にて電通入社。東京六大学野球連盟公式記録員、東京大学野球部OB会前幹事長。現在順天堂大学スポーツ健康科学部特任教授。