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【全米オープン】生ける伝説、セリーナ・ウィリアムズのラストダンス

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【全米オープン】生ける伝説、セリーナ・ウィリアムズのラストダンス
  • 【全米オープン】生ける伝説、セリーナ・ウィリアムズのラストダンス

全米オープン2022」5日目となる2日、最寄り駅であるメッツ-ウィレッツ・ポイントから会場へと続く歩道橋、そこには今宵のヒロインがプリントされたウェアで意気軒昂とコートへ向かう人たちで溢れていた。

それは世界の大スター、セリーナ・ウィリアムズのラストダンスを観るため。彼女の1回戦には2万9402人のファンが集まり、全米オープンのイブニング・セッションでは過去最多の観客動員数を記録した。

まだ夢を終わらせたくない。3回戦の夜に、その想いを紡いだのは約2万4000人のファンたちだろう。時には攻撃的とも言える彼らの声は、熱狂という渦を巻きスタジアムの中でこだまするのだった。

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■17歳で全米オープン初制覇

「私のキャリアの始まりだった」と話すのは17歳の時、ここニューヨークの地で初めて掴んだ全米オープンのタイトルだ。決勝では当時の世界女王でありスイスの天才少女と呼ばれていたマルチナ・ヒンギスを破っての初優勝だった。

対照的とも言える両者のプレースタイルは、当時テニスを始めて間もない12歳の私でさえもテレビの奥に吸い込むようだった。セリーナのバネのような身体から生まれるフルスイングのエースはカリスマ性に溢れ「誰も触れられないようなボールを打つ」その姿がシンプルに目に焼き付いた。ビーズのヘアスタイルが音を鳴らし、打つと同時に息吹く魂の声、彼女の気迫はボールに乗り移り、ピンチの場面ほど強く戦う姿には憧れが宿ったものだ。

何よりもコントロールとタイミングを奪うことに秀でていた女王ヒンギスに「勝つためには、私はより深くボールを打ってチャンスを待つしかない」とまで言わせたのが、セリーナだったことをよく覚えている。そして、この時のウィリアムズ姉妹の台頭こそ、現代のパワーテニスへと女子テニス界を変えていった先駆者的存在でもあった。

姉妹が先頭を走る1990年代後半にテニスに打ち込みだした一人として、私も影響を受けたのは間違いないだろう。それから23年の月日が経ち、セリーナはまだコートに立っている。それがどれほど高貴な存在で、色濃いテニス人生であるのかは誰でもないセリーナ自身が身をもって証明しているのだった。

■“GOAT”が40歳で現役引退

「私はセリーナになりたい」。ラストダンスとなる大舞台に立つ前、彼女は幾度かこの言葉を口にした。

ブラックのドレスに煌めくクリスタルのチュチュスカートを着こなせるのは、アーサー・アッシュの夜空を誰よりも知るクイーンだからこそ。彼女は女性アスリートのアイコンであり、誰もが及ぶことはできない領域に立つ“GOAT”(Greatest of All Time=史上最高の選手)なのだ。

これまでにシングルスでグランドスラム23勝、ダブルスで14勝、ミックスダブルス2勝の記録を樹立。ツアーでのシングルスタイトルは73勝を誇り、オリンピックでは金メダルを4個(シングルス1、ダブルス3)獲得した。ツアーに参戦した95年から今日までの約27年間では、シングルス858勝156敗、ダブルス196勝36敗と比類のないキャリアを打ち立てている。

その彼女がコートを去るかもしれない。セリーナの歩みを終わらせたくないがあまりヒートしていくサポーターたちの声からは、彼らの心の中に他といないスターの存在意義が住み着いていることがよく分かる。

アメリカで暮らし始めてまず驚いたのは、どのチャンネルを回してもCMのタイミングでは必ずと言っていいほどセリーナを見かけることだ。自身のルーツを受け入れ、常に女性の権利や人種差別への壁を打ち破ってきた様こそ人々が願うシンボルでもあった。そして多くの企業がチャリティー活動も欠かさずに行ってきた彼女を支持し、思い描く未来へと一緒に邁進した。それは女性アスリートに相応のものを与えるようにブランドを鼓舞した実績と言えるだろう。

時折、怒りや恐怖を主審や線審にぶつける弱さも見せたが、勝利に固執するあまり何も見えなくなるような人間らしさこそ、人々の心にセリーナ・ウィリアムズを住まわせた理由だとさえ思える。企業のキャッチコピーですら超越する存在であり、妻であり、母であり、妹なのだ。

最後も刺激的でドラマチックで優雅な幕の閉じ方だった。

有終の美を飾れず3回戦で散った運命も、すべては次へのバネ。今大会の3試合で何としてでも壁をこじ開けるセリーナの底力は十分にファンを納得させただろう。それはアイラ・トムリャノビッチ(オーストラリア)でさえ、ファイナルセット5-1で5本のマッチポイントを握っていても「負けているような感覚だった」と告白するほどだった。

40歳まで現役選手として歩み、最後の1ポイントまで自ら運命を切り開く彼女の一打は、必ず次世代の女王の物語を無意識にでも変えていく力を持っているだろう。セリーナが残したレガシーは常に人々の理想と挑戦の中に生き続けていく。

セリーナは、本当にコートを去るのか。半信半疑ながら「ありがとう」とひと言、ここに添えておく。

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著者プロフィール

久見香奈恵●元プロ・テニス・プレーヤー、日本テニス協会 広報委員

1987年京都府生まれ。10歳の時からテニスを始め、13歳でRSK全国選抜ジュニアテニス大会で全国初優勝を果たし、ワールドジュニア日本代表U14に選出される。園田学園高等学校を卒業後、2005年にプロ入り。国内外のプロツアーでITFシングルス3勝、ダブルス10勝、WTAダブルス1勝のタイトルを持つ。2015年には全日本選手権ダブルスで優勝し国内タイトルを獲得。2017年に現役を引退し、現在はテニス普及活動に尽力。22年よりアメリカ在住、国外から世界のテニス動向を届ける。

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