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新型コロナウイルス蔓延から1年。スポーツ界はさまざまな試練に直面してきた。なかでも無観客試合は“異常”の極みだった。しかし、スポーツはそれさえも乗り越えてきた。今回は無観客試合の実況中継、特に効果音について振り返ってみたい。
■効果音のない無音中継で野球の醍醐味を再認識
プロ野球は、当初、効果音を入れずに、いわゆる“無音中継”を行っていた。実は、個人的には「鳴り物」「振り付け」「歌」入りの応援が大の苦手だ。MLBのようにチャンスやピンチの場面でエールを送るのは賛成だが、大差で負けていても騒ぎ続けるのはいかがなものか、と思っている。実際、テレビ中継を観るときにはボリュームを下げている。
ところが、思わぬ展開で無音中継が実現した。苦手なノイズがなくなり、観戦の際のストレスもきれいに消えた。しかも、打球音や送球がグラブに収まる気持ちのいい音がテレビを通して響いてきた。よく「快音を残した打球」などと形容するが、あれほど素晴らしい音がするものか、と野球の醍醐味を改めて知った思いだった。
■勝負の行方も左右する無観客試合
サッカーやラグビーの無音中継では、ボールを蹴る音はもちろん、選手たちの荒い息遣いがダイレクトに伝わってきた。さらに、味方選手への指示、得点の喜び、レフリーへの不満、相手選手への罵りなど、まさに無観客でしか体験できないグラウンドの“生音”を堪能した。そして、自分がプレーをしていた学生時代を久しぶりに思い起こし、土や芝の匂いさえ甦った。これは数少ないパンデミックの恩恵といえるだろう。
ボクシングはパンチを打つ際に息を吐く。無音中継では、この吐息が生々しく聞こえてきた。「ハッハッハッ」と大きな声を出すと、ブロックされていてもパンチが当たっているかのような錯覚に陥った。また、有効打があっても観客がワッと沸かないため、「当たっていなかったのかな?」と思うこともあった。このあたりは採点にも影響したのではないだろうか。
サッカー界では、欧州チャンピオンズリーグの決勝トーナメント・ファーストレグが17日に行われ、パリ・サンジェルマンがバルセロナに4対1と完勝した。パリがカンプノウで勝ったのは初めてだったそうだ。無観客試合、無音中継では、敵地での不利も限定的になるといえそうだ。
■いろいろな工夫があるスタンドの効果音
観客がいるかのような効果音も、すでに一般的だ。無人のスタンドに歓声が響く映像はやはり不自然だが、選手たちはどのように感じているのだろう。
欧州のサッカー、ラグビー中継では、効果音にも工夫が見られる。得点シーンで歓声が大きくなるのはもちろん、怪我をした選手が立ち上がったときに拍手が起こったり、相手の反則にブーイングがあったりと芸が細かい。勝負どころでタイミングよく流れる応援歌も臨場感たっぷりだ。
先日行われた、ラグビー欧州シックスネーションズのフランスvsアイルランド戦では、新しい試みもあった。中継の効果音がかなり小さく抑えられていたのだ。いくら工夫をしても違和感を感じる、という意見があったのかもしれない。個人的には、ちょうどいい音量で中継を大いに楽しむことができた。
大阪なおみが優勝した、テニスの全豪オープンでは興味深い体験ができた。大会は当初、観客を入れて行われたが、途中から無観客に変更。準決勝から再び観客を入れる、というきめ細かな対応が取られた。
無観客の間は中継に効果音が入り、別段不自然にも感じなかったが、準決勝で再び生の歓声に戻ったときに、「やっぱり本物の拍手、声援はいいな」と感じたのだ。効果音に慣れてしまったように感じていたが、何だかほっとした気持ちになった。
幸いにもスポーツイベントからクラスターが発生したというニュースはほとんど聞かない。早期にコロナを克服して、素晴らしい歓声がスタジアムいっぱいに響くことを願うばかりだ。
著者プロフィール
牧野森太郎●フリーライター
ライフスタイル誌、アウトドア誌の編集長を経て、執筆活動を続ける。キャンピングカーでアメリカの国立公園を訪ねるのがライフワーク。著書に「アメリカ国立公園 絶景・大自然の旅」(産業編集センター)がある。デルタ航空機内誌「sky」に掲載された「カリフォルニア・ロングトレイル」が、2020年「カリフォルニア・メディア・アンバサダー大賞 スポーツ部門」の最優秀賞を受賞。