上地結衣の無我の境地 高い集中状態にたどり着くための“準備力” | CYCLE やわらかスポーツ情報サイト

上地結衣の無我の境地 高い集中状態にたどり着くための“準備力”

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上地結衣の無我の境地 高い集中状態にたどり着くための“準備力”
  • 上地結衣の無我の境地 高い集中状態にたどり着くための“準備力”

勝負師の条件といえば、何が必須条件だと考えるだろうか。 私は、様々な要素が浮かぶなか、第一に「集中力の高さ」が重要であると考える。これはスポーツに限らず、勉学や仕事のスキルを上げる為にも欠かせない。


車いすテニスの上地結衣も、この集中力の高さが際立つ選手の一人だ。試合に入るまではリラックスした様子で準備をするが、コートに入った途端に顔つきは変わり、ある種の覇気のようなオーラをまとう。


このオーラには並々ならぬ意気込みだけではなく、凛々しく引き締まった集中力を感じる。スポーツの世界では集中力が極限に高まり「ゾーン」に入り、心と身体が完全に一致する瞬間があるが、どうやら彼女は何度もこの経験を踏んでいるようだ。


≪文:久見香奈恵
元プロテニスプレイヤー。2017年引退後、テニス普及活動、大会運営、強化合宿、解説、執筆などの活動を行う。

強さを裏付ける“準備”


前回のコラムでお伝えした通り、今季の全豪優勝を果たすまでの前哨戦では苦しい試合が続いた。ツアー第1週目のツイードヘッズでの2回戦、南アフリカのクオゾァード・モンジェーエーヌとの対戦ではトリプルマッチポイントを握られてからの逆転劇だった。


この戦いを振り返ったとき、実は彼女にそのときの記憶はあまり残っていないという。


「トリプルマッチポイントの0-40から、ひっくり返して7-5で勝ったらしいんです。0-40ということにも気付いていなくて、試合が終わってからコーチに『よくあの状況から勝てたな』と言われてその時の状況を知ったくらい……でもこの現象は、よくあることなんですよ」


あと1ポイントで負けてしまう。誰もが大ピンチに緊張感を持ちプレーに入ってしまうものだが、彼女の場合は吹っ切れたように余計なものを心の中で排除する


他のことは全く気にならなくなります。その中に『ポイントが気にならない』も入っちゃうみたいで……」


そう話しながら「自分でも不思議!」と言わんばかりにケラケラと笑う姿もまた愛くるしい。彼女自身もポイントを忘れるほど試合にのめり込むきっかけは、まだ分かってはいないという。それでも、そこに行き着くまでに何に集中しているのかを話してくれた。


「集中しているとしたら……いつも自分自身の打つショットに集中しています。自分の打っている球に情報をいっぱい込められたら、次に相手が返してくるであろう球を予測できる可能性が高いから。ボールの精度を上げることに集中していますね」



(c)Getty Images



思い通りの展開を作るにも、それだけ相手に対して効力があるボールを自分から送り出せているかがもっとも重要だと語る。そして常に、どんな局面でもシンプルに集中できるように準備を怠らない。 試合のある日は、試合前の練習後に必ずノートに向き合い、課題を明確にするという。


当日の情報を大事にしています。体調や調子によって書くことが変わるので、アップをする前に書いてしまうと練習した後の感覚とのギャップが出てくるから、必ず練習後にまとめるようにしています」


このルーティンを計算に入れ、試合までのタイムスケジュールを組むという。加えて、体調に合わせた身体の動きも入念に行い、その日の最良の力を発揮できるように態勢を整える


「普段から車いすの操作、自身の体の動かし方を気にしながら準備しています。部位によって感覚があるか無いかで、普通の人より意識を集中させないといけない場所があるし、力が入りづらい箇所もあるので、もっと意識を集中させて、入っている感覚を自分の頭に戻ってこさせるように働きかけます」


この作業は上地が競技者として、普段の生活以上に車いすを身体の一部として一体化させていく時間のように感じる。細かい部分まで意識を張り巡らせ、車いすテニスのフットワークである敏速なチェアーワークを支えているのだ。そして、彼女が求める精度の高いショットを打つためにも、必要な身体の可動域を広げるウォームアップ作業にもなっている。


「緊迫した試合中に考えることが増えると、ボールが自分を通り抜けてしまっているので、できるだけ考えなくても『こうなったらこうする』という型をいっぱい作り、身体にインプットさせるように練習をしています。その分、試合中はより考えなきゃいけないところに集中できるように心がけています


相手の分析やゲーム展開を読み取りながら高い集中力を呼び起こすためには、裏付けとして普段から細やかな準備が組み立てられている。その裏付けがあってこそ、シンプルにボールの質を上げることだけに意識を向けても、すべてが繋がるようにプレーが構成されるのだろう。


「ポイントが気にならなくなる」ほどの集中状態



(c)Getty Images



現在世界2位の上地は、オランダのディーデ・デグルートから女王の座を勝ち取ることを目指すと同時に、下からの突き上げとしてプレーを研究され「上地突破策」として様々な手法で戦いを挑まれている。壮大な夢を掲げ、世界トップを走り続けるからこそ勝者の苦労もあるはずだ。


しかし、このようなタフな状況こそ、彼女を強く賢いプレーヤーとして進化を遂げるスパイスになっている。


「今まで勝ちたい感情を上手くコントロールしきれない時は、ポイントを気にしすぎて消極的になってしまったこともある。それでも、ポイントを忘れるまで集中力が高まると負けることの怖さは無くなり、視界がスーッと開けていく。やっていくことがはっきりするし、そうなると見えていることをやればいいだけで、それをやりきれるって自然に思えるんです」


ポイントが気にならなくなる。それこそ上地結衣の強さの底力を発揮する、始まりの合図なのかもしれない。またこの高い集中力での勝利を積み重ねることで、今までのゾーンは集中力の実力として基盤となり、また新たなる無我の境地に出会うことになるだろう。


この境地が、パーフェクトクイーンへと繋がる必須要素であることは間違いない。


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著者プロフィール
久見香奈恵
1987年京都府生まれ。10歳の時からテニスを始め、13歳でRSK全国選抜ジュニアテニス大会で全国初優勝を果たし、ワールドジュニア日本代表U14に選出される。
園田学園高等学校を卒業後、2005年にプロ入り。国内外のプロツアーでITFシングルス3勝、ダブルス10勝、WTAダブルス1勝のタイトルを持つ。2015年には全日本選手権ダブルスで優勝し国内タイトルを獲得。
2017年に現役を引退し、現在はテニス普及活動をはじめ後世への強化指導合宿で活躍中。国内でのプロツアーの大会運営にも力を注ぐ。
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