東京五輪のボクシング開催は、紆余曲折の末に漕ぎ着けた感がある。
世界のアマチュアボクシングを統括してきたAIBA(国際ボクシング協会)のずさんな財政管理やジャッジの不正が問題となり、一時は五輪正式種目から除外される可能性があった。
結局、なんとか開催が決定したのは、昨年の6月。このため、チケット販売も遅れ、各国の代表選手選考もようやく本格的になってきたところだ。選手が出そろうのは、大会1カ月前の6月になるという。
そんななか、トップで日本代表に内定したのが、岡澤セオン。メダル獲得に燃える、異色のボクサーの素顔に迫る。
《文:牧野森太郎●フリーライター》
五輪内定!
一度負けても諦めず戦い抜けたのは、間違いなく沢山の方々の応援のお陰です!本当に有難うございました。もっと強くなります!
待ってろ東京五輪
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— Sewon 岡澤セオン (@5678243) March 11, 2020
活躍するアフリカ系アスリート
八村塁、松島幸太朗、大坂なおみ、サニブラウン・ハキーム、ケンブリッジ飛鳥、オコエ瑠偉。
いずれも、今をときめく現役アスリートだが、さて、全員に共通することがある。それは?
小欄を愛読するスポーツファンには、問題が簡単過ぎただろう。答えは、アフリカ系と日本人のハーフ。それも、アフリカ系の父親と日本人の母親を持つところまで共通している。今回の主役、岡澤セオン選手もこの系譜に入る一人だ。
興味深いのは父親の国籍。順に整理してみると、八村(ベナン)、松島(ジンバブエ)、大坂(アメリカ)、サニブラウン(ガーナ)、ケンブリッジ(ジャマイカ)、オコエ(ナイジェリア)と、さまざま。岡澤選手の父親はガーナ出身で、サニブラウン選手の父親と同郷だ。
アフリカ系と日本人のミックスが特別な遺伝子を生む? と期待したくなるが、考えてみれば、アメリカはもちろん、ヨーロッパでもアフリカ系の選手は多い。
単に、日本社会のグローバル化が進んだことの現れだろう。今後もどんどん増えていくと思われる。
異色の経歴を持つ男
岡澤選手は鹿児島県体育協会に所属する24歳。高校生までは、母親の故郷である山形県で過ごした。
ボクシングを始めたのは、日本大学山形高校1年生のとき。学ラン、金時計、ネックレスを身につけた怖い先輩に「ボクシング部に入れ」と凄まれて断れなかった、とインタビューに答えている。そんな風体の学生がボクシング部にいることも驚きだ。
中央大学4年生で、国体のライトウエルター級準優勝を果たすが、特別な注目を集めることはなかった。
卒業後は都内の会社に就職することが決まっていたが、ボクシングに未練があると、鹿児島に飛んだ。
それにしても、なぜ、鹿児島?
「鹿児島出身の後輩から、県体育協会が2020年の国体開催に向けて指導員を募集していると聞いて、親にも話さず内定も蹴って、カバンひとつで来ました」というのが真相らしい。
ボクシングの師匠は高校生?
岡澤選手のボクシングを変えたのは、入門した鹿児島県鹿屋市のボクシングジム「Wild.b sports」での出会いだった。
というと、老獪なトレーナーの登場を想像するかもしれないが、まったく違う。その相手とは高校生の荒竹一真選手。1年生で無敗のまま高校3冠、現5冠を達成した「九州の怪物」だ。
荒竹選手のストイックな練習を見てショックを受けた岡澤選手は、練習の質と量をグレードアップ、みるみる成長した。
そして、2019年のアジア選手権で、日本人として36年ぶりとなるウエルター級銀メダルを獲得し、一躍、五輪候補に名乗りをあげたのだった。
それにしても、(当然だが)童顔のピン級(軽量級)荒竹選手と岡澤選手が並ぶと、どちらが“師匠”か分からない面白い構図となる。