大迫傑はオレゴンで進化する…メダリストと鍛えた世界レベルの走り | CYCLE やわらかスポーツ情報サイト

大迫傑はオレゴンで進化する…メダリストと鍛えた世界レベルの走り

オピニオン ボイス
日本選手権男子1万mで二連覇を達成したナイキ・オレゴン・プロジェクトの大迫傑(2017年6月23日)
  • 日本選手権男子1万mで二連覇を達成したナイキ・オレゴン・プロジェクトの大迫傑(2017年6月23日)
  • ナイキ・オレゴン・プロジェクトの大迫傑。日本選手権男子1万mで二連覇を達成(2017年6月23日)
  • ナイキ・オレゴン・プロジェクトの大迫傑。日本選手権男子1万mで二連覇を達成(2017年6月23日)
「日本選手権は毎年独特の緊張感があるのですが、去年の方が思いは強かったですね。ただ今年はそれ以上にリラックスしていたので、去年より力みなく走れたと思います」

大阪市のヤンマースタジアム長居で行われた第101回日本陸上競技選手権大会の初日、6月23日の男子1万m決勝。リオデジャネイロ五輪代表選考会を兼ねた前回大会に続き、大迫傑(すぐる)は先頭でゴールを迎えた。28分35秒47で二連覇を達成する。

大迫は2015年にプロ転向してから米国オレゴン州へ活動拠点を移し、ナイキが設立した世界トップクラスのアスリートが集う陸上競技チーム『ナイキ・オレゴン・プロジェクト』に参加。アジアから唯一の所属選手として練習を重ねてきた。

2月に自身のツイッターで「大迫、ボストンマラソン走るってよ。」と告知すると陸上界で話題になった。そして4月17日開催のボストンマラソンで快走を見せる。


初挑戦のマラソンでありながら2時間10分28秒で完走して3位入賞。30秒前に2位で先着したゲーレン・ラップ(米国、2分09秒58)はナイキ・オレゴン・プロジェクトでともに走る仲間であり、リオデジャネイロ五輪男子マラソンの銅メダリストだった。

ラップに次いで表彰台となった大迫は3000m(7分40秒09)と5000m(13分08秒40)で日本記録を持っているが、マラソンでも潜在能力の高さを見せつけた。


ボストンマラソンで男子3位になった大迫傑選手(右)。チームメートのゲーレン・ラップ選手(左)は同2位、ジョーダン・ハセイ選手(米国、中央)が女子3位に《ナイキ・オレゴン・プロジェクトのインスタグラムより》

ボストンマラソン終了後、4週間ほどで日本選手権に向けた練習を開始。「(マラソンの練習から)切り替わる間は練習も頑張り方が違うので、キツい練習もあった」と振り返るが、それも練習が軌道に乗るまでのことだった。五輪出場のかかった昨年の方が集中力は高かったが、大阪に向けて順調に仕上げてきた。

「今年は今年で、短い期間の中ですが、できる限りの事はしてきた。最低限の集中はできました」

迎えた本番では、昨年同様に「自分にしっかりフォーカスする」ことでレースをコントロールする。

「自分の心の中で、ですけどね。実際にレースが自分のために動いているわけではないので、どうあろうと冷静に対処できればそれが自分のレース。そう言った意味です」

大迫は取材を受ける際の言葉の選び方もレース運びも、冷静に淡々とこなしている印象がある。1万m決勝の終盤、抜け出した上野裕一郎(DeNA)を逃すことなく追ったが、上野は大迫にとって佐久長聖高校(長野県)の先輩にあたる選手。スタンドの観客からすれば「先輩対後輩」の展開だ。

「でも上野先輩という意識はなくて、しっかりと自分に集中すれば勝てると思いました。もちろん外から見たら一騎打ちみたいで、僕対誰かという構図ですが、ひたすら自分の事に集中した結果です」

残り1000mを切って上野が前に出ると、すぐさま後方についた。最後は足の違いを見せつけて、上野に並んだかと思うと瞬く間に置き去りにする。圧巻の走りだったが、大迫は「落ち着いたレース展開ができました」と静かに話す。連覇のかかった日本選手権でも過度なプレッシャーを感じることなく走り切り、再びタイトルを手に入れた。

「僕が出せる力はここまでって決まっていると思うので、(相手に)それの上を行かれたらしょうがないです。ただ自分が100パーセント(の力を)出すことを考えていました」

日本選手権男子1万mを走る大迫傑選手 (c) Getty Images

自分を見極めることで落ち着き、完璧なレース運びにつなげていく。これは大迫のもともとの性格もあるだろうが、ナイキ・オレゴン・プロジェクトという環境がよりそうさせているようにも思える。

チームには、リオデジャネイロ五輪で二大会連続となる男子5000mと1万mの二冠を成し遂げたモー・ファラー(英国)や、前述のラップなどそうそうたる顔ぶれが所属する。

「(一緒に練習をしている)選手たちはレベルの高い選手たちなので自信になりますし、周りがどんなことをやっているのだろうと注目してくれることで、そこが僕のアドバンテージにもなる。他の選手を見てどういう選手が強いとか、どこが強さの秘訣なのかもなんとなくわかる。自分もこうあるべきだなと徐々にわかってきました」

実力者になればなるほど周囲の期待も大きくなる。応援は力になる反面、ストレスとなり競技に影響をおよぼすことにもなりかねない。身近にいるメダリストたちは競技以外の部分でも「ストレスを感じないように生活していくこと」の重要さを大迫に教えてくれる。

「無理をしないというか、特にモーの生活を見ていると生活スタイルもストレスなく過ごしている。常にせめぎあっている仲間ですけど、生活も頑張ると疲れてしまうので、その辺がうまいのかなと。みんなリラックスしていると思うんです」

チームメートのモー・ファラー選手(左)、エリック・ジェンキンス選手(米国、中央)と練習する大迫傑選手《ファラー選手のインスタグラムより》

日本選手権では1位になることを目指し、タイムは重要視していない。8月に英国ロンドンで開催される世界選手権代表の内定条件となる3位以内になればよかった。その結果、優勝タイムは28分35秒47(昨年は28分07秒44)。世界選手権の参加標準記録27分45秒00は、7月13日に北海道で開催されるホクレン・ディスタンスチャレンジ網走大会で狙う。

リオデジャネイロ五輪男子1万mを大迫は17位(27分51秒94)で終えた。世界との距離を肌で感じた日からもうすぐ1年が経つ。「トラックレースをそんなに走っていないので何とも言えない」としながらも、「(世界選手権では)10番前後を目指したいです。気象条件も良さそうなので、条件がすべて良ければ記録も狙える」と自信を見せる。1万mの日本記録は村山絋太(旭化成)が2015年に記録した27分29秒69だ。

マラソンを経験したことで、「中間走は良くなったかな。去年より楽に走れるようになったと思います」と手応えを感じた。今後もトラック練習をしながら、マラソンでも機会をうかがう。

「次の大会を経験しながら、見つけられるものがあるといい」

ナイキ・オレゴン・プロジェクトでの生活は、これまでの日本人選手とは違うランナーに大迫を成長させている。今年5月で26歳になり、29歳で東京五輪を迎える。リオデジャネイロ五輪の時点でファラーは33歳、ラップは30歳だった。

あと3年で大迫はどこまで進化を遂げるのだろう。東京五輪は新国立競技場のトラックで5000mか1万mを走るのか。それとも新国立競技場をスタートして、皇居や東京タワーを経て浅草折り返しのコースが予定されているマラソンを走るのか。成熟した大迫がTOKYOを駆け抜ける姿が待ち遠しい。


●大迫傑(おおさこ すぐる)
1991年5月23日生まれ、東京都出身。ナイキ・オレゴン・プロジェクト所属。2008年、高校2年で出場した全国高校駅伝でアンカーを務め佐久長聖高校(長野県)を初優勝に導く。早稲田大に進学し、2011年の箱根駅伝では1区で区間賞を獲得。同大18年振りの総合優勝に貢献。翌年も1区で区間賞。2012年世界ユニバーシアード選手権1万m優勝。2016年日本選手権で5000mと1万mの二冠を達成。同年リオデジャネイロ五輪に出場して1万mで17位。2017年に初マラソンのボストンマラソンで3位入賞。

取材協力:ナイキジャパン
《五味渕秀行》

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