「Qちゃん」の愛称で親しまれ、女子スポーツ界で初の国民栄誉賞を受賞した。
今回我々は、グアムマラソンに体動しながら「Qちゃん」がなぜいまも多くの人に愛され続けているのかを探った。
そこで垣間見えたのは、マラソンだけでなく、人に対して真摯に向き合う心。純真さだった。選手時代は燃えるような熱い情熱を抱いていたかもしれない心。その心にいまなお燃える情熱は、温かく、人々を包みこんでいる。
「すごく楽しい42kmでした」
金メダル獲得後に答えた台詞だ。あれから17年経った今も、当時の記憶は人々の胸に残る。ことさら一般ランナーにとっては憧れの存在だ。現在もマラソン普及活動に精力的に取り組み、市民ランナーと共に文字通り汗を流す。
編集部は高橋が大会アンバサダーを務めた「ユナイテッド・グアムマラソン2017」で、一般ランナーや、「ぴあ」の企画による、ユナイテッド航空主催のツアー参加者らと彼女が触れ合う様子などを密着取材した。
深夜3時にスタートするグアムマラソンでも、縦横無尽に道を駆ける高橋。日が登る前の暗闇の道でも、ランナーの太陽代わりとなってまばゆく輝いていた。
グアムマラソンを前日に控えた4月8日。ツアー参加者のコンディションや気持ちを整えるため、高橋は彼らと共に公園を走った。
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高橋らしさを早速発揮したのは、登場シーンだった。建物の陰から現れたのは高橋本人と、日本陸上競技選手、野尻あずさだった。クロスカントリースキーからマラソンに転向した異色の選手だ。近年まで選手活動は休止していたが、復帰。調子を元に戻すための調整の意を込めて、今回は個人でグアムマラソンに申し込んだのだという。
「今朝ホテルの前で会ったので連れてきちゃいました」
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そう明るく話す高橋に、人を自然と惹きつけてしまう性格の本質を見た。しかし、ある程度事前に予定が組まれているであろうツアースケジュールの中、飛び入り参加のゲストを当日の朝に登場させるという自由度。関係者は内心気を揉んでいたのではないだろうか。
「走る前のアップはトップ選手によって違います。今回は野尻さんに普段やっているアップを実演してもらいましょう」
そこで普段も自分自身が取り組んでいるというラジオ体操をはじめた野尻。高橋は、ラジオ体操で意識するべき部位をところどころ指摘した後、付随していくつかのアップを行なった。
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「めちゃめちゃ固いですね~。あら、すごい柔らかい!」など、声をかけながら参加者の体操をサポートする高橋。休憩時間や、参加者とともに公園をランニングした際にも積極的に多数の人に話しかけ、生い立ちや大会における意気込みなどを聞き出していた。
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グアムの朝は暑い。ランニングについていけなくなった参加者にも寄り添い、歩きながら相談にも乗っていた。
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ランニング後に開催されたカーボローディングパーティー。「カーボローディング」とは運動エネルギーとなるグリコーゲンを通常より多く体に貯蔵するための運動量の調節および栄養摂取法だ。
高橋はレース直前には炭水化物を多く摂取するべきだと参加者に呼びかけ、「私はレース前には、おもちをうどんに入れた『力うどん』をおかずにご飯を食べていました」と自身の習慣を明かしていた。
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高橋の真髄はそのフレンドリーさだ。関係者のみならず、市民ランナー、言葉の通じない外国人、そしてメディアまでも高橋の空気に巻き込んでしまう。
グアムマラソン前日に開催された同エキスポで、参加者に様々なアドバイスをしている最中だった。飛び入りで、あるグアム人が自作した帽子を高橋にプレゼントした。
「毎年帽子をくれるんです。今年は彼にプレゼントを持ってきました」
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取材をしている限り、英語に関してはそこまでの流暢さを持っていないように見受けられた高橋だが、それを問題にせずグアムの人々の心を見事に掴んでいた。
エキスポでは、初のグアムマラソンに不安を抱えるランナーにて、様々なアドバイスを提供。講演を聞くだけで目を潤ませる市民ランナーの姿もあるなど、日本人ランナーから絶大な憧れを持たれていることが見て取れた。
「グアムマラソンはものすごくハードです。このマラソンを乗り切れれば世界のどんなマラソンもクリアできる」と激を飛ばすシーンもあり、のち「今日は脅しすぎちゃったかな」と反省していた。
ユナイテッド・グアムマラソン 2017 大会ディレクター のベン・ファーガソンは、高橋の大会アンバサダーとしての役割について、「役割を担ってもらうというよりは、彼女そのものにいていただくこと、そのホスピタリティ、日本人ランナーに対するふれあいなど、彼女自身の存在が大きなものとなっている」とコメントしている。
高橋の存在自体が大会に大きなプラスの役割となっていることを明言し、大きな信頼を寄せていた。大会当日も、高橋に親しげに声をかけるベンの姿を何度か見かけることがあった。
高橋は国内外、様々なマラソン大会にゲスト参加し、多くの市民ランナーと関わっているが、グアムマラソンに対しては特に思い入れが強い。
「日本ではまず味わえない大会です。深夜3時から走るという大会がまず日本ではないし、終わったあとの爽快感も違う。ゴール地点には海があり、レッドカーペットが引いてあってそのまま海に飛び込めます。こんな大会はグアムだけです」と大会の特殊性についても語るが、「市民ランナーとの関わり」という点で高橋が着目するのは、「大会参加者の少なさ」だ。
今年のグアムマラソンは世界22カ国から、4,335名のランナーが参加した。うち日本人の参加者は1,212名で、フルマラソン参加者は818名。さらにフルマラソンに参加した日本人はそのうち442名というから、高橋とは密に触れ合える。
高橋は当日、自らの足で参加ランナーと並走した。9km地点で一旦止まり、ハーフマラソンの折り返しランナーとハイタッチをするために待機。
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そのあとはゴール地点まで戻り、最後の直線を幾度となく往復しフルマラソンの完走者を手づから迎えた。深夜3時からレースの終わる朝10時まで、一人でも多くのランナーに思い出を残すため縦横無尽に駆け巡る高橋に、疲れの表情を見ることはなかった。
中には泣きながら「Qちゃんに会うためにここまで頑張って走りました。本当に完走できてよかった」と足を引きずりながら設定時間ギリギリで完走したランナーの姿もあった。
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レース後のパーティーではアイシング方法などをアドバイスしたのち、参加者一人ひとりに声をかけ、写真撮影などをする高橋の姿が。
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「また来年も参加しよう」
そうこぼした参加者の笑顔には、高橋がアンバサダーとして語った言葉の実現があった。
「いい思い出があればあるほど、口コミが増える。来年はより多くの人が参加してくれると嬉しいです。今年はどれだけ自分が楽しんで、みなさんに笑顔を届けられるかどうか。来年につながるような働きをしていきたいです」
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まずは自分が楽しまなければ、周りに笑顔を届けられない。そういった哲学が高橋にはある。
走ることが大好きでマラソンを続けてきた高橋は、昨今のマラソンブームを心から喜んでいる一人だ。
2000年当時、マラソンは「する」というよりも「見る」スポーツだった。テレビ上での選手の活躍を、コタツに入ってみかんを食べながら眺めるものだったのだ。それが現在、健康の保持増進、ストレス解消のために走る市民の姿を見かけることは当たり前の風景と化した。
「同じこと、マラソンをしている人たちと気持ちを交わし合いながら笑顔でいれる瞬間は、私たちの魂みたいなものを分かち合えるような感覚です。私にとってはとても貴重な時間です」
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ある種、市民ランナーの間で神格化された存在である高橋。彼女の貢献は日本陸上界に計り知れない好影響を与えてきたし、これからも与え続ける。
彼女は、きっと今日もどこかで走る人たちの側にいる。