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強い“女王”が帰ってきた。
「地元九州で、こんなにもたくさんの応援の中で精一杯演武することができて、感無量です」。
11日に福岡国際センターで開かれた、世界トップクラスの空手家が集結する国際リーグ戦「KARATE1 プレミアリーグ」の最終日。4年ぶりの日本開催となった大舞台で、世界ランキング1位で大分県出身の大野ひかる(大分市消防局)が頂点に立った。
昨年は世界各地を転戦するプレミアリーグで年間王者に輝き、12月には日本選手権とアジア選手権でも優勝して強さを見せつけた。しかし、今年のプレミアリーグは3戦目にしてやっと一勝目。「すごい苦しい中で、道着を着ることもできない日もあって…」。畳を降りた瞬間、大粒の涙がこぼれ落ちた。
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■大会最高点「45.50」圧巻のパープーレン
決勝の演武。引き締まった表情の大野が、畳中央に歩を進める。「パープーレン!」。迫力のある表情で形名を叫んだ。ゆったりとした所作で形に入ると、深く吸った息を吐き出して集中力を高めた。
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決勝のパープーレン 撮影:長嶺真輝
一転、素早い動きで前方、左右に貫手を連発。正面後方に突きを繰り出し、気合の声を発する。その後も緩急のある動きで技を繰り出し続け、圧巻のスピードとキレを見せ付けて終始女王の風格を漂わせた。形を打ち終わり、正面に向かって深く礼をすると、スタンドから盛大な拍手が降り注いだ。
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決勝の演武後、会場には盛大な拍手が降り注いだ 撮影:長嶺真輝
得点は予選ラウンド、決勝トーナメントを含め、女子形の出場全選手を通して最高の45.50点。相手のLAU MO SHEUNG GRACE(香港、世界ランキング2位)を1.80点上回り、優勝を飾った。
久しぶりの日本開催で多くの声援を浴び、入場時から「涙が出そうだった」と感極まっていたという。「(応援が)パワーになって、そのおかげでしっかりと自分の持てる力を出すことができました。形をしてる時は無心でやっていますが、感触としてはすごい良かったです」。
■自身を立ち直らせた“地元”への思い
今年は1月のエジプト大会、5月のモロッコ大会と続けて3位。この2大会で連続優勝した東京五輪銀メダリストの清水希容(ミキハウス)に、いずれも準決勝で敗れた。
昨年の勢いのまま年明けから調子は良かったというが、結果が付いてこないもどかしい日々が続いた。「すごい苦しい中で(稽古を)やってきました」と、自信が揺らいで練習に身が入らず、道着に袖を通すことができない日もあったという。自らを奮起させたのは、長らく支えてもらってきた“地元”への強い思いだ。
「地元の九州の皆さんに世界と戦っている姿を見てもらいたいという一心で立ち直り、ここまで来ることができました。大会が始まるまではすごい不安でしたが、みなさんの応援のおかげで最後まで強い気持ちを保ち、演武しきることができたと思います」。
時折声を詰まらせ、溢れる涙を拭いながら、丁寧に感謝の言葉を口にした。最大のライバルである清水とは、今大会も準決勝で激突。大野のスーパーリンペイ、清水のチャタンヤラクーサンクーが43.10点の同点という異例の事態となったが、内容で大野に軍配が上がった。“壁”を乗り越え、そのまま頂点まで駆け上がった。
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決勝の演武後、感極まった表情で客席の声援に応える大野ひかる 撮影:長嶺真輝
今月中には、10月にハンガリーで開かれる世界選手権に向けた選考会が控える。「またすぐに稽古に励み、世界選手権でも金メダルが取れるように頑張りたいと思います」。自信を取り戻した大野が、世界を舞台に再び快進撃を見せてくれそうだ。
■有望若手の橋本 得意の「突き」で組手−60kg級制覇
制限時間3分で得点を競う組手の男子−60kg級では、伸び盛りの有望な若手が頂点に立った。昨年からナショナルチーム入りしている23歳の橋本大夢(佐賀県スポーツ協会)だ。
カザフスタンの選手と当たった決勝では、開始直後に伸びのある右の上段突きで早速有効(1点)を奪うと、その後も中段と上段を打ち分け次々と得点を重ねていく。積極的に前へ前へと出ていく攻撃的なスタイルは、冷静な分析に裏打ちされた戦術だった。
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倒れた相手に拳を繰り出し、吠える橋本大夢 撮影:長嶺真輝
「予選の試合を見返して、相手がよくバックステップを使い、攻撃に入る時に少し動き出しが大きくなることは分かっていました。動き出しのところを狙い、一つ間合いを詰めてから攻めるということを徹底していました」。
残り1分42秒で上段への蹴りを受け一本(3点)を取られ、一時は5ー4と詰め寄られたが、その後も自身のペースを崩さず、再び突き放し10ー4で快勝した。試合後にスタンドの家族らから拍手で祝福を受けると、胸が詰まり、目を赤らめた。「家族のいる場所も分かっていたので、試合の合間にもそこを見ながら気持ちを落ち着かせて戦っていました。多くの声が聞こえて、自分はいろんな人に応援されてるんだと思えました」。
7位に終わった5月のモロッコ大会に続き、2回目の挑戦で早速プレミアリーグで金メダルを手にした橋本。10月の世界選手権でも「世界一を狙います」と“大きな夢”を描く。
■残り1秒で劇的な勝ち越し 女子組手−61kg級の嶋田
劇的な幕切れとなった一戦も。組手女子−61kg級の決勝である。
「後ろに下がって、相手のペースに巻き込まれるのがいつもの負けパターン」と自己分析する嶋田さらら(国士舘大学4年)は、自身初のプレミアリーグ決勝の舞台で慎重になり、ドイツ選手を相手になかなか攻め込めない。2点を先行され、そのまま残り1分となった。この追い詰められた状況が、吹っ切れるきっかけとなる。
「相手がコーナーを使って逃げていたので、それをどう捕まえて自分の技に持っていくかを考えていました。決勝の舞台でもったいない負けはしたくなかったし、ポイントを取られてもいいから、もう行けるタイミングで行こうと思いました」。
積極的に間合いを詰めて突きで有効を取り、1点差に詰め寄る。残り43秒では上段突きを決めたが、相手の技も認められ2ー3。諦めない嶋田は残り3秒、相手の上段突きをかいくぐって中段を突き、土壇場で同点に追い付く。残り1秒で再開すると、電光石火の攻撃で左の中段突きを繰り出し、それと同時に試合が終了した。
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試合終了間際、中段突きを繰り出す嶋田さらら(左) 撮影:長嶺真輝
観客も息を呑む中、両選手が静止して向かい合ったまま、審判団が動画確認に入った。「勝ちたいという気持ちより、もし点になって優勝したらやばいな、ていう感じでドキドキしてました」。競技の結果、嶋田の最後の突きは有効と判定。畳の周囲に設置されたモニターに4ー3と表示された瞬間、客席が「ワッ」と沸き、嶋田の硬い表情も柔らかく溶けていった。
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優勝決定後、喜びのあまりコーチに抱き付く嶋田さらら 撮影:長嶺真輝
礼を終えると、畳の外で待ち構えていたコーチの下へ一目散に走り、ジャンプして抱き付き喜びを爆発させた。「いやあ、もう信じられないです」。感無量の表情を浮かべ、こう続けた。「海外の大会は経験値がすごい大事だと思っているので、一つの大会で決勝まで全ての試合をこなせたことは本当にいい経験が積めました」。2度目のプレミアリーグ出場で女王となった嶋田の活躍から、今後も目が離せない。
その他、日本勢は男子形の本一将(もと・かずまさ/AGP)、女子組手+68kg級の澤江優月(テアトルアカデミー)が優勝を果たした。
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著者プロフィール
長嶺真輝●沖縄のスポーツライター
沖縄県の地方紙『琉球新報』の元記者。Bリーグの琉球ゴールデンキングスや東京五輪などを担当。現在はフリーのライターとして、スポーツを中心に沖縄から情報発信を続ける。生まれは東京だが、人生の半分を沖縄で過ごし都会暮らしが無理な体になっている。