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宇都宮ブレックスはなぜ強いのか。
チャンピオンシップでなぜ結果を残せるのか、強さの秘密を探るため、かつてリンク栃木ブレックスでもプレーし、現在はチーム・アンバサダーも務める白鴎大学男子バスケットボール部の網野友雄監督に話を聞いた。
◆【インタビュー前編】宇都宮ブレックス、5季ぶり王者 その強さの秘密
■「自己犠牲が今シーズンはより強かった」
「(選手は)試合に出たいという思いはみんな持っているが、チームのために何をしなければならないか。自己犠牲が今シーズンはより強かった」と振り返る。同じポイントガードというポジションながら渡邉裕規は、ファイナル賞に輝いた鵤誠司について「彼はスペシャル」と表現し活躍や成長ぶりを賞賛していた。
網野監督は「(鵤は)今となっては安心感すらある。いるといないでは全然違うし、オフェンスもディフェンスも本当に相手が嫌がることを賢くプレーするしボールを失わない。彼が出ている時は目をつむっていても点差は開かないのではないかと思える」とその信頼感を評価する。現在28歳、ファイナルの舞台でも変わらず落ち着いてプレーする鵤の姿は確かに目に焼き付いている。
ただ、いくらベテランと言えど選手たちがそこまで自我を抑えチームのために献身的になることは決して簡単ではないはず。
そこには「安齋竜三ヘッドコーチのこれまでの歩みと経験が影響しているのでは……」と、同監督は「田臥世代」と呼ばれた同級生目線で分析する。
■経験豊富な安齋HCが浸透させたモノ
「当時トップリーグは8チームしかなく、大学4年生から進めるのは全国で5人とかいう世界だった。安齋も拓殖大学で1年生の頃から試合に出場しプロを目指していたが、なれなかった。関東実業団・大塚商会アルファーズ(現・越谷アルファーズ)に入団。それでもプロへの思いを切らすことができず会社を辞め移籍をした経験もある。bjリーグができた際には埼玉ブロンコスへ、ブレックスがJBL2に入った時にはまた飛び込みJBLへ昇格、優勝した」と安齋HCの経験を挙げる。同HCは現役時代、選手として常に田臥勇太の壁に阻まれて来た。「田臥がケガがちで出られず、その間シーズン序盤は安齋が起用されるものの、終盤やプレーオフになると田臥のケガが治り、安齋のプレータイムは削られ、今度は支えなければならなくなった。その葛藤はものすごく大きかった時代があった」と当時を振り返る。
安齋HCには自己犠牲の経験があり、そこからもたらされるものも誰より理解しているからこそ、その重要性を浸透させることができたのだろう。そして「田臥もそういう年齢になり、自分も体現し若手に伝えている。そこに渡邉裕規も続いているのだろう」という。コーチにも選手にも、経験豊富で重みのある言葉でしっかり伝えられる存在がいる。そして自己犠牲の精神が引き継がれているのも間違いなく宇都宮の強さの要因だった。
監督は「同級生がヘッドコーチをしていて、同級生がまだ現役でプレーをしていて、そこに白鴎大学の教え子・荒谷裕秀がいて嬉しく、ちょっとエモいな」と感じながら日々チームを見つめてきた。教え子を託すにはどこより安心で、荒谷にとっても「キャリアにとってすごくいい環境だ」と勧めることができた。もしかしたら、来シーズンは荒谷がチームを優勝へ導く選手として活躍しているかもしれない。
■選手たちが必死にもがき、生まれた「絶対的な信頼」
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白鴎大学男子バスケットボール部・網野友雄監督(写真提供:白鴎大学)
コーチングスタッフの仲の良さも今シーズンのポイントだと監督は語る。
「いい面も悪い面も言い合える関係だった。安齋も町田洋介アシスタントコーチと佐々宜央アシスタントコーチの2人を頼っていた。ヘッドコーチの経験もある佐々は安齋よりも立ち上がって選手たちに声を掛けていたが、バスケットボールへの目線がしっかりしていて意見のすり合わせがきちんとできた。そのバランスを絶妙に取っていたのが町田で、本当にバランスが取れた3人だった」。
練習でのみならず、レギュラーシーズンの試合の中でも目先の勝利にとらわれず選手を起用し成長を促したコーチ陣の手腕も評価される。「(宇都宮は)ディフェンスを大切にするチーム。ディフェンスができなければ試合には出られない。いくつになってもディフェンス上手くなっているな」と選手に驚かされることがあるという。誰もが成長しうる環境下で日々取り組む選手たちは必然的に「必死にもがく」ようになり、コーチとの「絶対的な信頼」が生まれていく。強固な信頼関係、そしてコーチ陣それぞれの長所も重なり合うことで頂点へと導かれた。
今シーズンを持って安齋ヘッドコーチの退任が発表された。だが2013年からアシスタントコーチ、そして2017年から5シーズンにわたりヘッドコーチとして築き上げてきた伝統や文化はこの先も間違いなく継承されていく。おそらく、選手たちの中でも「安齋HCのために」という思いがあり、優勝へ向けて「自己犠牲を払ってでも」とチームがまとまったと考えられる。それほど慕われる指揮官だった。もちろん安齋HCの次の挑戦にも期待をしたい。また、同HCが抜けた後の新たな体制下でチームがどんな進化を見せるのかももちろん注目だ。
■チームとファンと地域の方々で継承される「BREX MENTALITY」
これら継承力の裏側には、編成メンバーが変わっていないことも大きく影響している。「藤本光正代表取締役社長や鎌田眞吾ゼネラルマネージャーなど立ち上げメンバーがずっといて、彼らがどうしてチームを作りどんなチームにしていくかという点がブレない。そこに共感をしっかり得ることができている」ことも強さの秘密だ。もちろんずっと同じメンバーで戦い続けられるわけではないが「体制が変わらない限り、ある程度強いと思う」と監督は笑う。リーグを代表するトップチームであり良いチームであり続けることは間違いないだろう。
宇都宮の磐石さを実感する。
今後は「継続をする」ことと「継承していく」作業に入るシーズンがやって来る。「コアメンバーの年齢も上っていて、どんな選手が来てどんな若手が育つのか」が次の宇都宮に求められることだ。「違うメンバーでも同じメンタリティでチームを作り上げていくこと」が課題。しかし、網野監督の話を聞いている限りでは、チームとファンと地域の方々「BREX NATION」で作り上げる伝統、「BREX MENTALITY」は継承され続けるのであろうと思えた。決して宇都宮出身の選手ではなくても在籍しているうちに、このチームのためにだけではなくこの地域のためにと強く思えることが宇都宮というチームの強さの土台にあるように感じた。
今シーズン、宇都宮はファイナルの舞台に喜多川修平が立つことができず、その他のチームも新型コロナウイルス感染症の影響や過密スケジュールなどで苦しみ、難しいシーズンを戦い抜いた。来シーズンこそは、ヘルシーにどのチームも戦う姿を見たいと思う。
次の戦いはすでに始まっている。
◆【インタビュー前編】宇都宮ブレックス、5季ぶり王者 その強さの秘密
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■著者プロフィール
木村英里(きむら・えり)●フリーアナウンサー、バスケットボール専門のWEBマガジン『balltrip MAGAZINE』副編集長
テレビ静岡・WOWOWを経てフリーアナウンサーに。現在は、ラジオDJ、司会、ナレーション、ライターとしても活動中。WOWOWアナウンサー時代、2014年には錦織圭選手全米オープン準優勝を現地から生中継。他NBA、リーガエスパニョーラ、EURO2012、全英オープンテニス、全米オープンテニスなどを担当。