【スポーツビジネスを読む】「人生の縮図」レース沼にはまった石渡美奈HOPPY team TSUCHIYA共同オーナー 後編 独立企業、跡取りたちの戦い | CYCLE やわらかスポーツ情報サイト

【スポーツビジネスを読む】「人生の縮図」レース沼にはまった石渡美奈HOPPY team TSUCHIYA共同オーナー 後編 独立企業、跡取りたちの戦い

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【スポーツビジネスを読む】「人生の縮図」レース沼にはまった石渡美奈HOPPY team TSUCHIYA共同オーナー 後編 独立企業、跡取りたちの戦い
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2016年、引退最終年でドライバー/チームとしてWチャンピオン、しかもワークスを破って王者となった土屋武士さんではあったが、好事魔多し……とするには、人生は皮肉だ。

そのオフシーズン、父・春雄さんの病が発覚した。当時あまり公にされていなかったが、「後進を育てるため」に武士さんが引退した年の出来事だけに人生の数奇さを感じずにはいられない。

■『君はいらない』と言われるまで

満を持して、2018年シーズンから全面的に「ホッピー」カラーのトヨタ86MC(通称「ホピ子」)がサーキット・デビューを果たす。だが、16年にWチャンピオンを獲得したそのマシンは、ベースとしてもはや限界が近かった。

「すごいなと思うのは、ホピ子はホームセンターでできているといっても過言ではないという話を聞く時です。まさにホームセンターでパーツを購入し加工、それで『コンマ2秒削れた』などという話は枚挙にいとまがないようですから。それだけ車のことを知り抜いているプロフェッショナル集団という証ですよね」。

しかし17年には6位、18年には8位、19年には18位と年間ランキングを落とし、GT300クラスでの優勝も17年第3戦のオートポリス以来、遠ざかってしまった。マシンは「満身創痍だったと思います」とミーナさんは振り返る。

さらに2010年の3代目就任以来、会長として伴走してきた父・光一さんが19年8月16日に亡くなった。

先日、三回忌を迎えた父・光一さんを想う  撮影:SPREAD編集部

その直後、シーズン第6戦オートポリスに向かう為、岡山駅に立っていた。すると先にサーキットに到着した社員から動画が届けられた。そこには全員が喪章を付けたつちやエンジニアリングのメンバーが映し出された。ミーナさんは、駅のホームで号泣したと言う。

武士さんはこの時「会長のために全力のレースを」とチーム全員に伝えた。レース本番では、光一さんの訃報とチームの追悼の想いを、場内アナウンスで有名なピエール北川さんまでもが涙声で実況した。

その後第7戦を終え、前戦で喪章をつけてレースしたなどとはひと言も口にしないチーム・メンバーを見て、「このご恩に答えないといけない。『君はいらない』と言われるまでやり抜こうと決めました」とミーナさんは語る。菅生のレース後、自然と「新しいクルマを買う?」と口にしていた。

「父も武士さんのことを応援しており、そのお人柄に惚れ込んでいました。だから父もきっとクルマを買う決断を後押ししてくれたはずです。『父の想いも乗せて走ろう』と伝えました」とミーナさんは語った。

■レースは人生の縮図

HOPPY team TSUCHIYA」は2020年、ミーナさんと武士さんという「共同オーナー」という形でスタートを切った。新しいマシン、ポルシェ911 GT3Rはすでに「ホピ輔」の愛称でファンから親しまれている。

2021年シーズンを疾走する「ホピ輔」 提供:HOPPY team TSUCHIYA

しかし、さらに春雄さんの病が20年末に再発、21年4月に還らぬ人となった。こうして二人三脚を決意した共同オーナー2人、ミーナさんと武士さんは、時期を同じくし、後継者として独り立ちし道を歩むに至った

2003年に始まったミーナさんのレース、いまや、すっかり「レース沼」にハマってしまった状態だとか。そもそもクルマに興味すらなかったにも関わらず、レースの何に惹かれるのか。

レースは人生の縮図だと思っています。2時間、3時間に凝縮された人生の縮図です。レースを見ていると、天候が変わったり、事故があったり『ここを乗り切れば……』と思うことも多いですが、乗り切ってもまた困難が待ち受けていたり。まったく人生、そのものですよね。

例えば天候が急変した際にどのタイヤを使うのか判断する。『ここ!』という潮目を読む。これは経営判断にも通じると感じます。どのようなデータを読み取り、いかに対策を打つか。仮に私が経営者でなかったとしても、その流れは人生に投影できると思います。

「レースは人生の縮図」と語るミーナさん 撮影:SPREAD編集部

レースにあまり興味がないという方をお誘いする際は、『人生の縮図を見に来ませんか』とお声掛けしています。一度、スーパーGTをサーキットで観戦された方は皆ファンになって下さいます」。

レーシング・チームの共同オーナーという立場から、将来的展望についても訊ねた。

「つちやエンジニアリングというレースの名門が、春雄さんの想いを受け継ぎ、チームに関わる全ての皆様に『ホッピービバレッジと組んでよかった』と思っていただけるよう、微力ながら、そのようなお力添えができればと考えます。

もちろん『勝たせてあげたい』と思いますが、チームの並々ならぬ努力は私も監督から話を伺い、また現場も拝見して充分に感じています。一戦一戦、チームが『やりきった』と思えるレースをできる環境、安心して次のレースの準備に集中できる環境を創っていくことをお手伝いしたいと考えています」。

スーパーGTのレースを観戦し「なぜホッピーのクルマが走っているのだ……」と不思議に考えていたが、その疑問はこの取材ですべて邂逅した。ホッピービバレッジはもちろん、形式上レースをサポートしているのではあるが、むしろつちやエンジニアリングとホッピービバレッジという組織にはあまりにも共通点が多く、その共感が両者を共同オーナーという形で結びつけたに過ぎない。

■スポンサーを越えた協力関係

「2人とも経営者で、考え方がとても似ていると感じます。(ラジオ番組)HOPPY HAPPY BARに武士さんをゲストにお招きした時は、時間がいくらあっても話し足りない位で、24時間番組ができると現場に笑いが起きました」。

「経営者として、先代からの『大きくすることばかりが経営目標ではない』という教えは、大事にしている共通点です。ホッピーを大きくして身売りすればいい……決してそうではない。大手自動車ワークスに対する『つちや』、大手飲料メーカーに対する弊社の考え方が同じなんです。ですから、私たちの目が黒いうちは上場しないという点も共通しています」。

最初は小さなスポンサー関係だったのだろう。こうなると、もはやスポンサーであってスポンサーではない。広告代理店で作業していると、「スポンサー・メリットが希薄なので」と降板するケースを多々見てきた。しかし、いつもスポンサードのメリットばかり享受しようとする、そのスピリッツのなさには呆れて来た。会社の予算を行使し、ただ単に看板を掲げたりするだけで、スポンサーとしての親和性を気にもかけないパターンが多かった。しかし、ここでは企業同士の親和性が、スポンサーを越えた協力関係を構築している。

ホッピーは単なるスポンサーではない 撮影:SPREAD編集部

「つちやエンジニアリングは創業から50年、弊社は116年ですが、2人とも創業理念から導き出された価値観、フィロソフィーを愚直に守り抜くことを大切にしています。武士さんはレース界での自身の役割を十分認識されているので、何があっても突き進んでいくでしょうし、その考え方と想いに賛同しています。そのような彼とつちやエンジニアリングを応援し続ける為にも、私も本業により一層励もうという気持ちが沸き起こって来ます。『一緒にやれて楽しかったね』と回顧する老後も今から楽しみでなりません。

その時に私たちのフィロソフィーを受け継ぎ、後進が一戦一戦を全力で戦えるチームであって欲しい。それを自由な、解放された気持ちで見守るのが理想です」。

レースに興味がない、クルマに関心がない……そんな方は一度、スーパーGT観戦に、「HOPPY team TSUCHIYA」を観に足を運ぶといいだろう。人生の縮図から、自身の人生にとって学ぶ点が、必ず見つかるだろう……

◆【インタビュー前編】「人生の縮図」レース沼にはまった石渡美奈Hoppy team TSUCHIYA共同オーナー かつカレーを平らげながら待った初優勝

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著者プロフィール

松永裕司●Stats Perform Vice President

NTTドコモ ビジネス戦略担当部長/ 電通スポーツ 企画開発部長/ 東京マラソン事務局広報ディレクター/ Microsoft毎日新聞の協業ニュースサイト「MSN毎日インタラクティブ」プロデューサー/ CNN Chief Directorなどを歴任。出版社、ラジオ、テレビ、新聞、デジタルメディア、広告代理店、通信会社での勤務経験を持つ。1990年代をニューヨークで2000年代初頭をアトランタで過ごし帰国。Forbes Official Columnist

《SPREAD》
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