清原和博容疑者の逮捕にみる、男48歳・人生の光と闇…THE INSIDE 番外編 | CYCLE やわらかスポーツ情報サイト

清原和博容疑者の逮捕にみる、男48歳・人生の光と闇…THE INSIDE 番外編

オピニオン コラム

清原和博 参考画像
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衝撃と言えば衝撃だった。ただ、気持ちのどこかで、「やっぱりなぁ」「さもありなん」というところがあったのも事実だ。

それにしても野球関係者や野球ファンにとっては、あまりにもショッキングな「清原和博容疑者逮捕」の報道だった。罪状は覚醒剤保持だったが、その後の取り調べで使用もあったということになった。

今回のショックの大きさは、やはり清原和博と同世代の40代後半が一番大きいだろうが、それよりもおよそ10歳上の私にとってもショックだった。それは、「清原和博」という野球選手が、後にも先にも語れないくらいのヒーローだったからである。

野球少年にとって、最大の憧れの場である甲子園に高校1年から四番打者として出場。そして、全国制覇も果たしてしまう。しかも、その試合でも見事に本塁打を放って多くの人の度肝を抜いている。

以降、すべての甲子園出場の機会に登場するだけでなく、どの大会でベスト4以上に進出。間違いなく高校野球に一時代を築いて、PL学園の幾多の伝説も作った。しかも、最後の夏にも全国制覇を果たす。「こんな幸せをわずか18歳で味わってしまっていいのだろうか」と、若干の嫉妬とともに感じていたこともあった。

プロ入りは、志望していた読売巨人軍からは指名されず、競合の末に西武ライオンズ(現埼玉西武ライオンズ)に決まった。涙の指名会見もクローズアップされたが、入団1年目から活躍して新人王も獲得した。入団の経緯もあって、「自分の希望はかなわなかったが、今の境遇を受け入れて頑張るけなげな好青年」というイメージが作られていった。

2年目、日本シリーズで憧れていた読売巨人軍と対決。勝てば日本一という第6戦の最終回の守りで涙を流してしまい、マウンドにいた工藤公康(現福岡ソフトバンクホークス監督)に慰められるシーンもあった。こうして、1980年代の西武黄金時代の中核としてその礎を築いていた。

1996年オフの12月7日、憧れ続けていた読売巨人軍にフリーエージェントで移籍する。しかし、結果としてここから、野球選手・清原和博の歯車が少しずつ食い違い始めたのではないだろうか。

それでもプロ入り後13年連続で20本塁打を記録したり、私生活では結婚もして(のちに離婚)、プロ野球選手としてもスター街道を走り続けていた。しかし、注目度の高い読売巨人軍では、少しのことでも記事になる。チームが不振になると、その戦犯扱いをされていった。そんなストレスもあったのかもしれない。

さわやかな好青年の印象は、いつしか強面のイカツいオヤジと化していた。「番長」と称され、写真週刊誌でも面白おかしく取り上げられるようになっていった。ますます強面度は増していった印象だった。それでも2005年4月には通算500号を記録している。なんだかんだ言われつつも、間違いなく球界のスターだった。

「二日酔いでもホームラン打てるわ」など、昭和のプロ野球に野武士軍団として破天荒に暴れまくっていた西鉄ライオンズの時代を思わせる発言もあった。サラリーマン化して、まっとうになりすぎたとも言われる平成時代のプロ野球選手の中では、明らかに異彩を放つ存在だった。それは少し異なる形ではあったかもしれないが、かつてのスターが持っていた、近寄り難いようなオーラを放っていたようにも思えた。

しかし、やがて読売巨人軍から戦力外通告を受け、無念の思いでオリックス・バファローズへ移籍。3年間在籍して引退したが、その後はコーチとしても指揮官としてもユニホームを着ることがないまま、タレント活動のようになっていた。バラエティー番組で司会のお笑いタレントにいじられながら、球界暴露話を話す清原を複雑な思いで見ていたこともあった。

週刊誌で薬物使用疑惑が報じられたのが2014年3月だった。折しもCHAGE and ASKAのASKA、本名・宮崎重明元被告が薬物使用で検挙されたタイミングだった。その頃から内偵は進んでいたものと思われる。そして警視庁捜査本部は、確実に所持している現場に踏み込んでの現行犯逮捕となった。

男48歳といえば、まさに働き盛りである。その一方で、社会にいればどんな立場の人間でも多かれ少なかれ、悩みはある。辛いことや、周囲の幸せが憎らしいと感じるような、孤独感を味わうこともあるだろう。多くの社会人はそんな中で、七転八倒しながら生きている。酒を飲んだり、愚痴を言ったり、涙を流したり。そんなこともあるが、それが「生きていくということ」だと知っている。

多くの人は、高校時代にスポットライトを浴びたことがない。その後の人生でも輝いたことは、そんなにないだろう。自分の人生のピークがどこだったかと、寂しく酒を飲みながら思い悩んでいるサラリーマンも少なくないはずだ。多くの人はそれでも、社会とはそんなものだと受け入れている。それは人生がスタートしてチヤホヤされたことがないからでもある。だから耐えられる幸せもあるのかもしれない。

自分の極めてきた世界で輝きたい、そこで一花咲かせたいと思うのも人間である。その向上心があるのが、生きていく励みでもある。そして輝きが大きければ大きいほど、その輝きを失ったときの寂しさの落差が大きいのもまた確かであろう。

清原和博の覚醒剤逮捕劇の背景には、そんな人間の人生の機微も垣間見られる。しかし、社会的にも法的にも、してはいけないことをしてしまったことは事実だ。清原和博に憧れてきた野球選手や多くのファン、野球少年たちの思いを裏切った。

とはいえ、PL学園時代に甲子園で放った13本塁打という記録。5季すべてで甲子園出場を果たし四番打者として打席に立ち、優勝2回、準優勝2回という事実は残る。PL学園野球部の存続も危ぶまれている。ニュース報道で「清原和博容疑者」と呼ばれているのを聞くとともに複雑な気持ちになる。

センバツの代表校が発表され、プロ野球もキャンプインして"球春到来"を感じ始めたタイミングでのかつてのスター選手の逮捕。やはり残念だ。
《手束仁》

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