新たなピナレロイズムか、市場への迎合か vol.2 | CYCLE やわらかスポーツ情報サイト

新たなピナレロイズムか、市場への迎合か vol.2

オピニオン インプレ
新たなピナレロイズムか、市場への迎合か vol.2
  • 新たなピナレロイズムか、市場への迎合か vol.2
力強いトラクションはしっかりと受け継がれている
「コンフォート性一辺倒」の設計ではない
では、そんなKOBHに最新のデュラエースとシャマルを組み付けて走ると実際のところどうなのか。確かに凄い。ちょっと踏んだだけでドカンと豪快に進む。「イージーなコンフォートバイクだろ」 とナメてかかると危うく振り落とされそうになる。スペシャライズドのルーベシリーズほど快適性に特化しているわけではなく、「快適性を重視した」 とは言ってもコンフォート性一辺倒の設計ではないことがすぐに分かる。バランスとしては最新型のマドンに似ているだろうか。マドンにさらなるトラクション性・重厚感・安定感をプラスしたような印象だ (軽快感はマドンの方が強い)。
しかし、このKOBHをピナレロというブランドの奔流の中に置き、“ピナレロハイエンド” としての仕事っぷりを意識しながら乗ってみると、ひどくとりとめのない印象を受けて少々混乱する。その走りは意外でもあり、全く反対にピナレロらしく仕上がっているとも感じられるのである。
KOBHに残されているピナレロらしさとは、「豊富なトラクション」 である。トルクをかけたときの力強いトラクションは初代ドグマ以降のピナレロハイエンドバイクの最大の魅力だが、それはKOBHにもしっかりと受け継がれている。とはいえ、ドグマと全く同じレベルの動力性能を持っているならドグマの存在意義はゼロになる (「剛性」 と 「快適性」 という矛盾した二つの要素をそんなに簡単に両立できるなら世の開発者は誰も苦労しない)。トラクションの力強さはドグマの方が濃厚だし、ドグマを走らせる上で最も魅力的な 「瞬間的なエキサイトメント」 や 「押さえ付けて乗りこなす愉しみ」 は、KOBHにはない。当然、ドグマに比べるとKOBHは路面からの突き上げがマイルドにはなっているが、かといってフワフワで鈍いだけのバイクに成り下がった訳ではない。トンと伝えた衝撃をバシッと一瞬にして黙らせる優れた衝撃減衰性によって快適性を演出しているタイプの高剛性フレームである。
「ウィップで進ませる設計」にシフトしている
というように、KOBHはしっかりと 「ピナレロのトップモデルらしさ」 を備えている。例えば加速は周りの高性能車を軽く置き去りにできる実力を持っているし、ヘッド周辺はドグマと変わらないほどの剛性がある。近代ピナレロのトップモデルとして意外だったポイントは、ハンガー~チェーンステー辺りが 「ウィップを活かして進ませる」 という設計思想にシフトしていると感じられたことである。単純に快適性を向上させている (振動の伝達を減少させている) だけではなく、踏み込んだときにわざとわずかにしならせることで疲労を軽減し、ロングライドにも対応させているのだと思われる。結果として、これが従来のピナレロトップレンジにはなかった 「万人向け」 の性格となっている。違う言い方をすれば、「 『高剛性』 に臆することなく、誰でもピナレロのトップモデルに乗れるようになった」 のだ。
しかし評価するにあたって難しいのは、昨年末に他媒体で乗ったKOBHとは印象がかなり異なることだ。以前時乗ったサイズは48。今回の試乗で担当者氏が小柄な筆者に気を利かせて用意してくれたのは、45というラインナップ中最小となるサイズ (トップ500mm)。サイズの小さい今回の固体の方が、より硬く、よりドグマ寄りの味付けになっているように思う。また、45サイズのヘッド角は69.5度と寝ており、さすがに操縦性やダンシング性が破綻しかけている。このサイズでKOBH全体のハンドリング性能を判断するのは酷というものだし、フェアでもない。
48サイズ (トップ520mm、ヘッド角71度) のハンドリングは素晴らしいものだった。絶大なる安定感と正確無比なコントロール性は特筆モノで、こられの美点もまたドグマに共通する。ホイールベースが10mmほど伸びたからといってKOBHの直進性が明確に向上した感じは受けないものの、プリンス~ドグマ系と同じくらいに、気持ちよく真っ直ぐ走る。万能系ロードバイクのハンドリングとして理想に近いものに仕上がっていると感じられる。
イメージ02
簡単に高級GTクラスの王者になってみせた
バランスに優れた「全部乗せ」バイク
しかし衝撃的な過剰さや煩悩を削ぎ落としたようなアンバランスな魅力はなく、フルオプションの 「全部乗せ」 という印象が強い。どこか無表情で冷静に走るKOBHからは、プリンスやドグマほどエンジニアの意思やエゴが明確に伝わってこないのだ。本国の担当者は 「ドグマが911だとしたら、KOBHはカイエンに相当します」 と言っていたそうだが、なるほど “Two Wheels SUV” とは、非常に的確な比喩だと言える。SUVにピュアスポーツカーほどの操る愉しみはそもそも必要ないのだ。
では、どんな人がKOBHオーナーに向いているのか (エドヴァルド・ボアッソンのように石畳を時速50kmで走る必要に迫られている人はこの日本にほとんどいない)。これで峠をゴリゴリに攻める姿は想像しにくいが、単なる 「ゴージャス&エレガント」 とも違う。スプリンターほどの脚力は持たないがオールラウンドに走らせることができ、ピナレロらしい安定感や大きなトラクションも諦めたくない、という人にお勧めしたい。その上、ドグマに比べて疲れも残りにくい。要するに、ほぼ全てのホビーサイクリストの脚にマッチするのは、しなやかで万人向けのKOBHということになると思う。だが、実際に日本で出荷される台数はドグマの方が多いと聞く。
ピナレロが目指すものは何か
高級GTセグメントにおいていとも簡単に帝王となってみせたほどの実力を持つKOBHだが、このバイクの登場によってピナレロに一貫したテーマ性が感じられなくなった、というのも筆者が抱いた感想の一端だ。しなやかな初代プリンス~マグネシウムドグマから一転、プリンスカーボン~ドグマ60.1で過度の剛性偏重となり、そして再びしなやかなトップモデルが復活したことになるからである。KOBHがピナレロの未来を世に示す存在であることは間違いないが、ピナレロがこれから目指すものは何なのかが分かりにくくなってきたのも、また事実なのだ (ここで個人的に期待するのは、快適ラインを担うKOBHの登場によってピナレロのピュアレーシングモデルに、さらに過激な味付けが施されることである。「中級者以下お断り」 のハンドリングを持ち、ギンギンに締めあげられた80tカーボンの “プリンス” が三たび復活、ということも十分にあり得るだろう。万人向けのKOBHがなければ、顧客離れの原因となるそんな危険なことはさすがにできない)。
果たして 「ピナレロ主義」 は揺らいだのか。このKOBH60.1が単なるコンフォートバイクではなく、ピナレロのトップレンジらしい安定感とトラクションの強さを重視した味付けとなっているあたりに、このブランドのプライドと意地 (と葛藤) を感じる。そして、そこがKOBHならではの大きな魅力となっており、少なくとも、そこには紛れもない “ピナレロらしさ” があった。
「揺らぐ」 と言うとイメージが悪いかもしれない。他のトップブランドと同じように、ピナレロのイズムもまた、少しずつ 「変化」 し、「多様化」 しているのだろう。それは良いことなのか、コアなピナレロ・ファンにとってはあまり喜ばしいことではないのか。それとも、そうでもしないともはや生き残れないのか。まだ何とも言えない。結論を出すにはまだ早い。今後もトレビソの動向に注目したいと思う。
イメージ03
《》

編集部おすすめの記事

page top