2008ツールのマイヨジョーヌ獲得バイク vol.2 | CYCLE やわらかスポーツ情報サイト

2008ツールのマイヨジョーヌ獲得バイク vol.2

オピニオン インプレ
エンジニアに拍手を贈りたい!

R3シリーズのキモは (フレーム形状を一瞥しただけでおおよその想像はつくが) シートステーとチェーンステーにあると思う。極太チェーンステーと、不安になるほど細く横方向に偏平させてあるシートステーによって、横方向にかかる力 (ペダリングなど) に対しては (絶妙なしなやかさは残してあるにせよ) 強く、縦方向の力 (路面からの入力) には柔軟に作ってあるのだろう。これがこのバイクのテーマではないか。それを体現するように、R3-SLのシートステーは今まで見たバイクの中でも最も細く、チェーンステーは最も太い。
それによって、動力伝達率は非常に優れている (=よく進む) のに、路面の細やかな凹凸を超ショートストロークのサスペンションが入っているかのように吸収し、バイクの上下動を減らす。結果としてその快適性すらもエネルギー効率を高めるファクターとして働いているようだ。路面の凹凸を全く吸収しないバイクは、走行エネルギーが上下運動によって消費されることになり、効率よく走ることができない。だから、レーシングタイヤに10気圧ぶち込んでカンカンと弾かれながら走るよりも、7.5気圧でスムーズに走った方が速く (そして楽に) 走れるのだ。

シルクのように滑らかな薄膜の下にある大トルク、という表現をして、さらにそれだけを切り取れば、R3はドグマにもなりえる。ソフトで軽くて、でもシャープ。シャープなのにスルッスルッと滑るようにも進むところはまるで586のようであり、非常に現代的な万能的乗り味はマドン6.9に共通する。どれも過去に僕が乗って感動し絶賛してきたバイク達だが、もちろんR3はそのどれとも少しずつ違う。速いだけのバイクなどいくらでもあるが、速さと上質な乗り心地と洗練とを奇跡的な高濃度と比率でブレンドしたR3のようなバイクは珍しい。
攻め込むとギュギュッと身が引き締まってくる。あくまでまろやかなのに、ひとたび鞭をくれれば凝縮された強靭さで路面を蹴飛ばす。その超剛性は真綿で包まれ、どこにも角を感じない。
性能面でもトップランナーであることは確かなのに、他の高性能車とはまた異なった世界を作り出していることは、見事としかいいようがない。走り込むにつれ、サーベロのエンジニアに拍手を贈りたくなった。

工学的側面から見た「存在の意味」が面白い

あえて言うなら、漕ぎ出しの一瞬 (本当にホンの一瞬) は慎ましやかだ。その “一瞬” にキュッと締まったタイトな感じはない。しかし、「軽いだけにしっとりしてるかな」 と思わせたその刹那、ペダリングが急に軽くなり、フリクションがなくなったかのようにスッと心地よい、そして予想以上の加速を始める。そのままスプリントのようにもがいてみても、高速までガーンとスピードが乗る。
登坂でも、前輪がスッと吸い出されるような軽快感はあれど、後輪がパーンと弾かれるような種の軽快感はない。だから刺激的なバイクを求める人は大人しいと感じるかもしれない。本質は強靭だが、すべてが高水準で順当にまとまっているからだ。
過剰な演出は一切なし。マドンや586と同じく、R3-SLも新世代バイクの仲間ながら、冷血なクールネスが芯を貫いている。それを普段なら 「面白みがない」 とバッサリ一刀両断したいところなのに、ロードバイクにおいてはマイナスの要因に働くこともある(と個人的には思っている)そのクールネスすらR3-SLにおいては極められており、ある種の感動に変えてしまっているようだ。
ただしひとつだけ、このバイクに関して個人的に言いたいことを言うと、引っかかるのが完成車に付属してくる3Tのゼロオフセットピラーである。「ゼロオフセット」 が良くない。サドル後退幅を取れないので、臀部の筋肉を有効に使えない。僕ならすぐに、大きくオフセットしたピラーに交換して乗る。

誤解されてはいけないのでもう一度書いておくと、R3-SLはびっくりするほど良い。コイツはただ者ではないぞ!と何度も強調したくなるほどに。が、熱くはない。サラっと、そして不気味に、物凄く速い。洗練を好むライダーにとって、これ以上の朗報はない。
冒頭にも書いたように、性能を見れば完璧に近いほどのものが出ている。正直言って、こんな真面目な優等生バイクのインプレッション記事は書いていて面白くない。辛口を期待されている読者の方々も全く面白くないだろう。
ただ興味深いのは、たった10本のパイプにて構成されるトラスフレームという至極単純な構造であるにも関わらず、ここまで他のバイクと違う外見と設計思想を持ち、そして他のバイクを凌駕し得る全方位的高バランスを有しているR3というバイクの、工学的側面から見た 「存在の意味」 である。
それは理性に偏向した思想によって妥協なく設計されている、という印象を僕に与え、だから美しいディティールも、ハッとさせるような緊張感あるアピアランスも、そこから嗅ぎ取ることはできなかった。しかしそれは、ロードフレームの、まだまだ多様に広がる可能性を強く感じさせてくれるものだった。
《編集部》
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