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秋古馬3冠の一つ目、天皇賞・秋はドウデュースが昨年の鬱憤を晴らすかのように豪快な脚で突き抜けた。5歳シーズン未勝利から本馬が再び頂点に輝いたのはなぜか。また、歴代GI勝ち馬のなかで最速の「上がり32秒5」はいかにして繰り出されたのか――。
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■直近2年と全く異なる展開も、迷いなき武豊の戦略
イクイノックスが1分55秒2のレコードを叩き出した昨年は前後半1000m57秒7-57秒5。パンサラッサがゴール直前まで粘り込みをはかった2022年は57秒4-60秒1。直近の秋の盾は絶好の芝で行われる究極の持久力勝負になり、速いだけでも勝てず、末脚一本でも勝てない。スタートからゴールまでスピードを保つというハードルの高いレースが続いた。
今年はシルトホルン陣営から先手を主張したいというコメントがあったものの、目立った逃げ馬はいないため、展開が読みにくい一戦となった。実際レースが始まると、ノースブリッジがスタートで後手を踏み、外枠に入ったシルトホルンも無理やりでもハナへという姿勢をみせなかった。
先手を奪ったのはスタートを決めたホウオウビスケッツ。かつて、ハイペースを誘発するなど不安定な面もあったが、この夏、函館でひと皮むけてコントロールの範囲内で走れるようになった。当然、飛ばすことなどない。マークするシルトホルンが競りかける場面もなく、近年と比べても静かな序盤。前半1000m通過は59秒9と、2年前より2秒5も遅い。イン、先行優位の馬場でこのペースとあっては、後方2番手を進むドウデュースは正直、展開に泣かされるにちがいない。そう感じた。
だが、ドウデュースが勝つにはこれしかなかろう。ダービー、京都記念、有馬記念はいずれも外を動いてねじ伏せるか、直線大外一気を決めるか。先行して馬群を抜け出す形では爆発力につながらない。天皇賞・秋の時点で【6.1.1.6】の成績。2、3着は3歳時の記録であり、ダービー以降、極端な戦歴だったのは、ドウデュースが万能型ではないからでもある。
今秋で引退が決まっているドウデュースを勝たせなければならない。武豊騎手の戦略に迷いはなかった。馬場も展開も関係ない。ドウデュースの爆発力を引き出すだけ。かつて“ユタカマジック”と称された鮮やかさ、閃きと天皇賞・秋といえば、1999年スペシャルウィークを思い出す。
■四半世紀を経て、研ぎ澄まされた“ユタカマジック”
スペシャルウィークは春の盾を好位から抜け出す盤石な競馬で勝ちながら、宝塚記念ではグラスワンダーに背後を狙われ、3馬身という決定的な差をつけられ敗退。秋は京都大賞典で好位から伸びず7着という状況で当日を迎えた。このとき、武豊騎手がとった作戦が後方から直線一本に賭ける競馬。大一番で早めに動くスタイルを捨てるという大胆な作戦は前後半1000m58秒0-60秒0のハイペースも手伝い、見事に当たった。当時のスポーツ紙の紙面に躍る「ユタカマジック」というフレーズが懐かしい。
スペシャルウィークを目覚めさせた競馬とドウデュースのレース振りは重なる部分があるものの、ユタカマジックは四半世紀を経て、進化というか研ぎ澄まされたようにみえた。今回は確実に馬場、展開と逆だった。あえてそれに逆らってでも、後ろに控えたのは、ドウデュースの力を最大限に引き出すための策であり、ドウデュースとのシンプルな対話の結果だったのだろう。これが研ぎ澄まされたユタカマジックの進化だ。
武豊騎手のドウデュースへの揺るぎなき信頼が、上がり600m32秒5の豪脚につながった。この記録は歴代GI勝ち馬のなかで最速。末脚自慢のグランアレグリア、アーモンドアイ、そしてライバルであるイクイノックスをも超えた。ラスト600m「11.1-11.1-11.5」の33秒7は完全に2、3着馬の流れ。これを断ち切った末脚は見事としか言いようがない。
現在と同じ芝2000mになった1984年以降、5歳の天皇賞・秋制覇は15頭いるが、その年に勝利がなかったのはドウデュースのほかに2例しかない。1990年ヤエノムテキと2012年エイシンフラッシュだ。この3頭は5歳シーズン未勝利と近況は必ずしも芳しくなく、もうそろそろ……なんて声もあった。競走馬の成長曲線は4歳をピークになだらかに落ちていく。5歳秋は4歳との世代交代が起きる時期にあたる。これを踏みとどまらせるばかりか、勝って再び頂点に立つのは簡単ではない。それを可能にしたものはなにか――。
■2年前の糧、クラシックを制することの意義
3頭の共通点は2年前にクラシックを制していること。生涯一度の舞台に立ち、かつそれを勝ち切るのは非常に高い壁である。その壁を乗り越えられるのは潜在能力の高さの証であり、3歳で示した底力が天皇賞・秋というハイレベルな2000m戦で再び引き出される。
クラシックを制することの意義を改めてドウデュースは示したのだ。もちろん、クラシックで結果を残せなかった馬も、のちに成長力を発揮して頂点に立つケースもあるので、クラシックの結果がすべてとは言えない。だが、クラシックウイナーには底力がある。その意味では2着に昨年のダービー馬タスティエーラが入ったのは感慨深い。
タスティエーラの2020年世代はドウデュース、イクイノックスがいたひとつ年上と比べると、見劣るという論調が張られがちだが、宝塚記念ではソールオリエンスが2着に入り、今回はタスティエーラが復調の兆しを感じさせた。やはり底力によるものだ。どちらも条件を選ぶタイプではあるが、ドウデュースだってそれは変わらない。ここからもうひと踏ん張りし、次の時代を引っ張る存在になっていってほしい。ゆったりとした流れを好位で立ち回り、勝負根性を発揮し、しぶとく凌ぐタスティエーラにとって、ジャパンCは条件面で合いそうだ。世代交代の好機だろう。やはりダービー馬は日本競馬界の看板馬。活躍してもらわないと困る。格式高き天皇賞で1、2着がダービー馬だったという結果は喜ばしく、この先の希望になるはずだ。
さて、ジャパンCはドウデュースにとってもダービーと同じ舞台であり、負けられない。連勝を飾り、頂点の座を維持したまま、最後の有馬記念へ進んでほしい。だが、ジャパンCには英国ダービー馬ディープインパクト産駒のオーギュストロダンがやってくる。日本代表は当然、ハーツクライ産駒ドウデュース。日英ダービー馬対決であり、それがかつて日本競馬で何度も激突した「ディープインパクト産駒対ハーツクライ産駒」というのも不思議な因縁を感じざるを得ない。2005年有馬記念。ハーツクライがディープインパクトを完封したときから続く、長きにわたる大河絵巻が世界対決として日本で実現する。
夢のジャパンCは4週間後。贅沢すぎる秋はまだまだ続く。
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◆著者プロフィール
勝木淳競馬を主戦場とする文筆家。競馬系出版社勤務を経てフリーに。優駿エッセイ賞2016にて『築地と競馬と』でグランプリ受賞。主に競馬ニュース・コラムサイト『ウマフリ』や競馬雑誌『優駿』(中央競馬ピーアール・センター)にて記事を執筆。Yahoo!ニュースエキスパートを務める。『キタサンブラック伝説 王道を駆け抜けたみんなの愛馬』(星海社新書)などに寄稿。