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高校野球では外野手の守備位置が浅いこともあり、かつては痛烈な打球を右翼手が的確に俊敏に処理をし打者走者を一塁でアウトにすることが多かった。いわゆる「ライトゴロ」である。最近は守備位置が下がっているのか、以前より見かけなくなっている。
ところが、第95回大会ではもっと珍しい「レフトゴロ」が二度も記録された。
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■満塁機で外野手による本塁補殺が成立
ひとつは第4日(2回戦)仙台育英対慶應、同点で迎えた延長10回裏(タイブレーク)仙台育英が1死満塁の場面、打者・熊谷禅選手は痛烈な左前打を放ちサヨナラかと思ったが、慶應の左翼手が一世一代のバックホーム、ハーフバウンドになったが捕手が体を伸ばして捕球、封殺となった。
満塁だったのでタッチは不要だが、身を挺して前にこぼすでは済まない場面。これも一世一代、イチかバチかとしても過言ではない、ハーフバウンドをキャッチャーミットで見事に捕球したスーパープレーだった。
長年いろいろなレベルの野球を観戦してきた私だが、満塁で外野手が本塁でフォースアウトを成立させた場面は初めて見た。もちろん1死三塁での走者としては飛び出して併殺は避けたい場面だが、打球は外野まで達しているのだから、ふつうであれば楽々三塁走者は生還できるものである。
落下の瞬間まで見てスタートが遅れたのかもしれないが、タッチアップするほどの深さではなかったので、もう少し塁を離れて打球の落下を確認していればよかったのだ。
次打者のサヨナラ打で勝ったからよかったものの、この回無得点で延長が続けば勝負の行方は分からないところであった。
■「甲子園でヒットを打った」という一生の思い出を消した走塁ミス
もうひとつのレフトゴロは準決勝・第2試合、報徳学園対大阪桐蔭の7回裏に起きた。3点を追う報徳学園はこの回3連打で2点を取りなおも無死一、三塁で代打・宮本太陽選手がこちらも「レフト前タイムリーヒットを放って同点」と思ったところで何を思ったか一塁走者が二塁の手前で引き返し、左翼手から二塁に送球されてこちらのほうは簡単に封殺が成立してしまった。
同点にはなったものの勝ち越しのチャンスは消えてしまった。一塁走者が打球から目を切ってしまい、直接捕球をされたと思い込んだと考えられる。こちらも8回に再度チャンスを掴んだ報徳学園が勝ち越して勝利を収め、この走塁ミスはクローズアップされずに済んでいる。
甲子園の舞台では緊張するなというほうが難しく、考えられないようなミスは折に触れて起きるものであり、このときの走者を責める気はない。
ただし、甲子園に出てくるレベルの学校なら「走者はアウトカウントなどの状況を常に頭に入れた上で、次打者の打球によってどのような動きをするかを塁上で投球前に考えておくべき」と監督から指導されているはずである。目を切ってでも判断して走るべきときと捕球をしっかり確かめるべきときは目を切らないようにと、指導者は教えてほしいものだ。
公式記録員としては、勝負の行方もさることながら、このふたりのレフトゴロの打者はせっかくレフトまで「ヒット」を放ったのに、記録上安打が消えてしまうのが気の毒でならない。
報徳学園の宮本選手はほかの試合で安打を記録しているが、仙台育英の熊谷選手は打っていない。つまり「甲子園でヒットを打った」という一生の思い出が現時点では消しさられたことになる。
また宮本選手には打点は記録されたが熊谷選手は打点もついていない。2年生の熊谷選手にはチャンスがあと3回ある。なんとしても一度は甲子園に出て安打と打点を記録してもらいたいものだ。
そしてこういう場合、走者は自分のせいで打者の安打が消えてしまったことについては自覚するべきだと思う。
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著者プロフィール
篠原一郎●順天堂大学スポーツ健康科学部特任教授
1959年生まれ、愛媛県出身。松山東高校(旧制・松山中)および東京大学野球部OB。新卒にて電通入社。東京六大学野球連盟公式記録員、東京大学野球部OB会前幹事長。現在順天堂大学スポーツ健康科学部特任教授。