日本人の陸上選手は、ほとんどが企業の陸上部に所属して実業団選手として競技活動を行う。短距離では2004年アテネ五輪などに出場した為末大氏がプロ選手第1号になった。
プロ選手になれば競技により専念できる反面、実業団選手のような保証はなくなる。すべてが己の成績にかかってくるリスクも背負う。決意を新たにしたケンブリッジ選手に話を聞いた。(聞き手はCYCLE編集部・五味渕秀行)
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ケンブリッジ飛鳥選手
---:日本では陸上競技のプロ選手は少ないです。多くの選手が実業団に所属して練習しています。ケンブリッジ選手が実業団選手ではなく、プロ選手を意識したのはいつ頃ですか?なぜ実業団選手ではなく、プロ選手なのでしょうか?
ケンブリッジ飛鳥選手(以下、ケンブリッジ):決めたのは(2016年)10月ですね。大学生の時からいつかはプロでやりたいという気持ちは持っていました。オリンピックで僕は(100mの)決勝に残れませんでした。世界のトップスプリンターはほとんどがプロとしてやっていますが、僕らは会社員なのである程度競技がダメでも保証されている部分があると思うんです。
プロになるとそういう訳にはいかず、やはり結果を残さないとやっていけません。そういう所でも差が出てくるのかなと思って。厳しい所でやる意識の部分でも同じ場所に立ちたいという気持ちが強かったですね。
---:自らプロ選手への道を選ばれたのですね。その決断をした際に、ご家族やコーチなどへ相談はしましたか?
ケンブリッジ:プロとしてやっていきたいという話はしました。最初はビックリして心配されましたけど、家族もコーチも最終的には応援して背中を押してくれたので、僕も思い切って行動できました。
---:今後の周辺環境は何か変わりますか?
ケンブリッジ:コーチは大学のころから今までずっと同じ方で、練習も大学の練習場所でやってきています。そこは変わりません。
---:では、何かが劇的に変化することはないと。
ケンブリッジ:日本でやっているぶんには変わらないですね。自分の時間が増えて、トレーニングにより集中できる点はいいかなと思っています。
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ケンブリッジ飛鳥選手
---:小学生のころはサッカーをされていたそうですが、陸上競技に移ったきっかけは何ですか?
ケンブリッジ:サッカーを続けるか他のスポーツをやるかで悩んでいたのですが、中学校1年生のときに陸上部の先生に誘われたのと、ちょっと走るのに自信があったのでやってみようかな~と思ったのがきっかけですね。
---:そこからは陸上一筋?
ケンブリッジ:そうですね。ある程度自信はあったつもりだったのですが、(陸上部に)入ってみると全然勝てなかったり、先輩に着いていくのもやっとだったり。でも、気がついたらハマっていました。陸上にのめり込んでいました。
---:100m、200mに決まったのもそのころですか?
ケンブリッジ:最初は400mをやったりもしたのですが、2年生ぐらいからは100mと200mでやっていました。
---:リオデジャネイロ五輪陸上200m日本代表に選ばれた藤光謙司選手に以前インタビューした際に、「100mが速い選手は400mを走っても速い。何を走っても速い」と話してくれました。ケンブリッジ選手は今後400mへの挑戦などは考えていますか?
ケンブリッジ:レースで400mに挑戦はないと思いますが、トレーニングで走ったりすることはあります。
---:レースで400mに挑戦しない理由はありますか?やはり100mか200mが一番速く走れる?
ケンブリッジ:それもありますし、400mは辛いので…。基本的にはやりたくない、そこですね(笑)。最後が本当に辛いので。もしかしたら走ることもあるかもしれないですけど、今の所はないですね。
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ケンブリッジ飛鳥選手
---:ケンブリッジ選手がシューズで最もこだわる部分はどこですか?
ケンブリッジ:一番こだわるのは履いたときのフィット感。履いたときに足に馴染むか馴染まないか、足を入れて自分に合うか合わないかという所ですね。
---:シューズが違うことでタイムも変わってくるものでしょうか。
ケンブリッジ:変わると思います。シューズによって反発の仕方が違ったり、地面を捉える感覚が違ってきます。どれだけ自分に合ったシューズを見つけられるかが大事だと思います。
---:ウエアに求めていることはありますか?
ケンブリッジ:やっぱり着心地の良さや見た目とか。見た目はけっこう大事ですよね。自分の好きなものやカッコいいものを着たりすると、それだけでも練習のやる気が出たり変わってきます。
---:シューズやウエアに取り入れる色に対するこだわりなどありますか?
ケンブリッジ:目立つ方がいいかもしれないですね。最近は青が多くて、今日の靴も青です。
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シューズを手にするケンブリッジ飛鳥選手
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ケンブリッジ飛鳥選手が使用する『ナイキ ズーム スーパーフライ エリート』は、100m~400mに対応するエリートレベルのスプリンター用スパイク。縫い目のないFlymeshアッパーでピンポイントの通気性を確保し、8個の固定式ステンレススチールピンを採用したスパイクプレートがグリップ力を発揮する。2万1600円(税込み)。
---:昨年はウエイトトレーニングを多くされていたようですが、今現在はどういうことされていますか?
ケンブリッジ:基本的にやることはそれほど変わっていなくて、ウエイトトレーニングも継続してやっていますね。
---:ケンブリッジ選手は他の日本人選手と比べて体のたくましさ、筋肉が際立ってるように感じますが、それはウエイトトレーニングの成果でしょうか?どういうところを意識してトレーニングをしていますか?
ケンブリッジ:もともと僕も(体が)特別大きかったわけではなくて、トレーニングを始めてから大きくなった。練習の成果ですね。でも特別なことはやっていません。基本的にはスプリントを意識したトレーニングを取り入れています。
---:現在はオフシーズンですが、トレーニングで変わる部分はありますか?
ケンブリッジ:ウエイトトレーニングの重さ、持ち上げる量は増えます。そうすると自然と体重も増えてきます。オフはじっくりとシーズンに向けて戦うための土台を作ります。走る量も増えてキツい時期です。
---:ウエイトは一番重くてどれくらいの重さを持ち上げてますか?
ケンブリッジ:そうですね…。わかりやすくベンチプレスだと120kgぐらいです。スクワットはそんなに重くやらなくて、重いときで140kgいかないぐらいかな?
---:陸上の短距離選手はウエイトトレーニングを多く取り入れるものですか?
ケンブリッジ:他の方々は人それぞれなのでわかりませんが、僕もウエイトトレーニングをやってるといっても週に2回ぐらいです。
---:そうなのですね。思っていたほど多くないですが、逆に毎回のトレーニングで欠かさずやっていることはありますか?
ケンブリッジ:ん~特にないかな(笑)。今のところはないですね。
---:では、時間配分を長く取っているトレーニングは何かありますか?
ケンブリッジ:メディシングボールを使ったりする細かい動きが多いですね。
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リオデジャネイロ五輪男子4×100mリレー決勝の様子
(c) Getty Images
---:この1年で変わったことは何ですか?
ケンブリッジ:やっぱりこの1年を通して自信はつきましたね。
---:日本選手権、オリンピックとありましたが、その自信はどの辺りでつきましたか?
ケンブリッジ:10秒10の(リオデジャネイロ五輪参加)標準記録を切った辺りですかね(※)。調子も良かったので標準を切る自信はあったのですが、それまで切れていなくて。切れてから(の気持ち)は切るまでとは違いましたね。
※:2016年5月の東日本実業団対抗100m予選で記録(追い風+0.7m)。
---:陸上を続けていこうという自信につながる結果を残せた大会は何ですか?
ケンブリッジ:う~ん…僕あまり勝っていないんですよね(笑)。高校のときもインターハイではリレー以外では優勝してないですし、大学ではケガもあったりしながら関東インカレで1回何とか勝ったぐらい。逆に言うと勝てなかったから続けてるのかな、というのはありますね。
---:ケガで苦しんだ時期に競技を辞めてしまいたいと思ったことはありますか?
ケンブリッジ:特にないですね。もちろんケガをして走れないのは辛かったりもしましたが、このまま終わりたくないなというのと、ケガが治ればしっかり走れると思っていたので、ずっとケガが治って自分が勝っている所を想像しながらリハビリを頑張っていました。
---:日本人ではまだ100m9秒台を刻んだ選手はいません。9秒台への自信は?
ケンブリッジ:自信はあります。今年出したいですね。出せそうな感じはこの冬のトレーニングで感じているので。
---:今年の一番の目標は世界陸上でしょうか?
ケンブリッジ:そうですね。去年は決勝に残るという目標を達成できなかったので、今年はしっかり残りたいですね。
---:ウサイン・ボルト選手(ジャマイカ)が今シーズン限りでの引退を表明しています。ボルト選手が引退することで100m、200mの世界で勝つ選手も変わってきますが。
ケンブリッジ:世代交代の時期にも入ってきているので、そこで結果を残して頭角を現していければいいなと思っています。
(後編に続く)
●ケンブリッジ飛鳥(ケンブリッジあすか)
1993年5月31日、ジャマイカ出身。ジャマイカ人の父と日本人の母のもとに生まれる。中学1年で陸上を始める。2011年、高校3年で日本ジュニア選手権200mを制す。日本大学に進学し、2012年の世界ジュニア選手権4×100mリレーで銅メダルを獲得。2015年織田記念100mで優勝。
2016年は5月の東日本実業団対抗100m予選で10秒10を記録して、リオデジャネイロ五輪参加標準記録(10秒16)を突破。6月の日本選手権で優勝を果たす。リオデジャネイロ五輪では100mと4×100mリレーに出場。100mの決勝進出は果たせなかったが、4×100mリレー日本代表(山縣亮太、飯塚翔太、桐生祥秀、ケンブリッジ飛鳥)でアンカーを務め、アジア記録の更新と銀メダル獲得に貢献した。1年間所属した株式会社ドームを2016年12月で退社し、2017年からプロ選手として活動する。
取材協力:ナイキジャパン