「北アルプスの山に初めて登ってきた」
この書き出しでこのコラムを書く日が、ついにやってきた。
登ったのは、北アルプス南部にある乗鞍岳。
初めての北アルプスにはもってこいの、登りやすく感動の多い山であった。
■気軽に手軽に登れる3,000m級
シャトルバスで畳平まで一気に登ると、そこには高山の世界が広がっていた。目指したのは、魔王岳(標高2764m)、大黒岳(2771m)、富士見岳(2818m)の3つのピーク。謙虚な筆者は、初めての北アルプスで乗鞍岳の最高峰・剣ヶ峰(3026m)に登るなど恐れ多いと思い、手頃な3ピークを踏むだけの予定であった。
ところが、他の登山者は皆が皆、到着するなり他の山に目もくれず、剣ヶ峰を目指して歩いているではないか。
「あの山(剣ヶ峰を指差して)、簡単に登れるものですか?」
道行く登山者に恐る恐る尋ねてみる。
「大丈夫ですよ。私たちでも行ってきたのですから。貴方なら楽勝です」
3000m級の山が楽勝だと? そんな訳はあるまい‥‥と登ってみたところ、案外楽勝に登れてしまった。肩の小屋から90分もあれば往復でき、危険な箇所もほとんどない。
山小屋あり、トイレあり、土産屋あり。いっそのこと、ここで暮らしてしまいたいと思えるほどに設備も整っている上、万が一なことが起きても、シャトルバスを使えば簡単に下界に下りることができる。
乗鞍岳は、安心と安全、そして快適さまで確保されている上に、見渡す限りの絶景が広がっているのだから、申し分のない山岳リゾートである。
初めての北アルプス、初めての3000m級踏破に、すっかり有頂天になった筆者は、低山下山時張りの小走りで下山を始めた。すると、グキッと右足首が内側に90度曲がり、その場に倒れ込んだ。初めての北アルプスで、見事な転倒をかましてしまったのだ。
痛い、よりも、恥ずかしい。前から登ってきた男性に「大丈夫ですか」と優しく声をかけられる。その眼差しは、テレビ「はじめてのおつかい」の子どもを待つ親のように、慈愛(同情?)に満ちた眼差しだった。
《久米成佳》
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