出稼ぎインド人と共に成長したフィージーのサトウキビ産業 | CYCLE やわらかスポーツ情報サイト

出稼ぎインド人と共に成長したフィージーのサトウキビ産業

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フィージー
  • フィージー
  • 大きな果物などが目立つマーケット
  • 港にはたくさんの出店が
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  • 街を抜けると自然が広がります
  • 市内には近代的なビルが並びます
初めての豪華客船でニューカレドニアへの旅がスタート。バヌアツ共和国・フィージーの島々を巡りながらの日々が続くなか、旅は後半に。寄港する港もわずかとなりました。

●フィージー第二の都市ラウトカへ

私たちの船・プリンセス・ダウィンはフィージーの首都であるスヴァをあとにして、第二の都市と呼ばれているラウトカに向かいます。スヴァの比較的近代的な街に比べこちらはどちらかといえば昔ながらの街と言った感じ。

こちらの港は大きな客船が直接寄港することができずに、港からは迎えの小型船に乗り換えて港へと向かいます。約15分ほど揺られて港へ到着。港では観光バス会社の勧誘の始まりです。その中から今まですでにお世話になった観光ツァーバスを予約しました。

●ツァーバスや貸し切りタクシーが便利

私が乗船したプリンセス・ダウィン号はどこの港でも一日の停泊時間が決まっていました。それは現地での行動時間の制約時間があるということを意味します。その時間の中で観光をするには、レンタカーよりも観光用のタクシーやバスが値段的にも利用しやすいということがありました。今回の旅ではほとんどが初めての場所だったため、特に名所だけを見たいということにもこれらの交通手段は有効的でした。

プリンセス・ダウィンでは提携の観光バスはあるとのこと。船の上で予め予約できる利便性はあるものの、地元のバスに比べても若干料金が高いとのことで船のリピーターのお客さんは地元のバスを予約する人が目立ちました。

●フィージーはサイクロンの通り道

バスを予約してから出発までの少しの時間待ちを散策することにしました。散策途中に目に入ったのはビルの一角では長蛇の列。先日のサイクロン(台風)で被害を受けた人たちの被害申請をするための列と、街で買い物をしている現地人が話してくれました。

観光で行った植物園でも多くの花たちが被害を受けたとのこと。私の乗った船もこのモンスーンの影響でスケジュールの変更を余儀なくされました。今回のサイクロンは「ウィストン」と名付けられ、過去の南半球のサイクロンの中ではもっとも大きなもので大きな被害がでたそうです。

フィージー人が比較的明るい国民性のためなのか、被害の大きさを街の人々の様子から感じることはなかったのです。しかしビレッジでは、村の人々が私たち観光客を受け入れることで、寄付金を募っていました。村が一つになっているというこれらの様子は、日本とよく似た国民性のように感じました。

●フィージーに多いフィージーインド人

さてフィージーで多く見かけるのは、フィージー人の他にインド人。なぜここにインド人が多いのかは、フィージーの最も大きな産業になっている砂糖の製造に秘密がありました。特にラウトカは砂糖産業の一番大きな都市となっていたのですが、労働力不足の問題を抱えていました。

そして1800年後半にインドからの出稼ぎ労働者を従業員として砂糖工場に向かい入れたのが、最初のインド人の入国と言われています。街は大きくなり人口も増えたのですが、砂糖産業とインド人がその後も大きく係りを持つようになりました。

なるほど、これがフィージーでのインド人が多い理由だったようです。

●フィージーと他国との関わり

オーストラリアからの観光地の一つとして人気のフィージー。観光バスのガイドの話では、ホリデーハウスとしてフィージーに不動産投資をするオーストラリア人もいるとか。また最近、このフィージー共和国から東日本大震災の支援の一つとして現地教育機関で被災学生が学ぶなど日本との関りも深くなってきているそうです。

旅も終盤、いよいよ天国に近い国・ニューカレドニアも近くなってきました。
(続)
《Australia photographer Asamisakura》

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