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元ラグビーマガジン編集長の村上晃一が語るラグビーワールドカップ

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元ラグビーマガジン編集長の村上晃一が語るラグビーワールドカップ
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ラグビーワールドカップ2019組織委員会は、2019 All For Japan Teamサイトにて、元ラグビーマガジン編集長の村上晃一氏とスポーツライターの鎮勝也氏によるインタビュー企画「My Rugby World Cup Stories」を公開した。

「My Rugby World Cup Stories」の初回に登場したのは、第1回RWCの日本代表キャプテン・林敏之さんだ。現役時代は、激しいプレーぶりで「壊し屋」と異名をとり、1989年の日本代表のスコットランド戦勝利など、数々の名勝負の中心選手として活躍。現在は、NPO法人ヒーローズの会長として、ラグビー普及に尽力している。

「My Rugby World Cup Stories」では、1987年に第1回のラグビーワールドカップ(RWC)が開催されると知った時、林さんは「そんなのできるんや」と驚いたと語っている。これは、当時のラグビーは、国同士の対抗戦が中心で世界大会は考えられないことだったからだ。

第1回大会のときは、プレーすることによって報酬を得ることは、アマチュアリズムを堅持していた日本では考えられないことだった。その時の日当も、選手には手渡されていないという。

第1回大会、日本代表は一次リーグで3敗。RWC初戦は雌雄を決する試合だったため、いま思えば初戦のアメリカ戦にもっとフォーカスすべきだったと林さんは語る。初のRWCだったこともあって、どの試合に絞るかというような考えをしなかったのだ。

最終戦の相手は、オールブラックスよりも勝率が高く、世界最強といわれたチームのオーストラリア代表。連敗した林さんたちは、ここで下手な試合をしたら日本に帰れないという気持ちだったという。結果、試合は負けたが、持てる力を出し切ったと語っている。

この他にも「My Rugby World Cup Stories」では、一選手として参加した1991年大会や、2019年の日本開催に向けての思いを語っている。
《美坂柚木》
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