シクロクロス世界選手権女子の激闘を荻島がレポート | CYCLE やわらかスポーツ情報サイト

シクロクロス世界選手権女子の激闘を荻島がレポート

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 シクロクロス世界選手権のエリート女子で地元オランダ在住の荻島美香(アライレーシング)が22位と健闘した。以下は荻島のレポート。

 今回の世界選手権は、私の住んでいるオランダということもあり、特別な思いのある大会だった。

 コースは私の予想と反してドライでスピーディなものとなった。だが、ホイールの選択にとても迷いがあった。カーボンホイールをレースで使う予定だったので公式トレーニングで試すが、しっくりこない。あまりにも速いコースにブレーキングがものすごく重要に感じたからだ。立ち上がりの軽さと直線のことを考えればカーボンホイールを使うのが妥当なのだが、クリテリウムにも似たレース展開を予想し、コーナーでのミスをしないためにも、私はノーマルホイールを最終的に選んだ。

 当日はレースの緊張感からか3時半に目が覚めてしまった。1時間ほど目を閉じて体を休めるも、レースのことを考えてしまって、心拍の荒波が眠りの邪魔をした。4時半には起きてテレビを見ていた。

 そしてレース当日。一言でいって、寒い。
 12月26日のワールドカップ・ゾルダーを思い起こさせる。33位と惨敗したレースだ。寒すぎて汗もかかなかった。でも、今日はそこまでは寒くない。
 9時にホテルを出発し、そのまま試走のためにコースを確かめるが、ギヤチェンジが21~23Tのところでオートマートに動いてガシャガシャいっている。日本チームの松井メカニックにみてもらったところ、プーリーがダメになっていて、もう1台のバイクに変更し、ゆっくり3周試走してから小休止した。

 10時15分からローラー台に乗り始めた。主人のシャークから、「スタートからの1kmだけ死ぬ気で行け」と言われたことが頭をよぎる。この世界選手権の舞台で、最初から体が動かなかったという言い訳は通用しない。そして、ゾルダーの失敗は二度としないと誓っていた。
 やり過ぎかと思うほどローラー台に乗る。でも、汗をかき、毛細血管まで血液を送るためのもので、足には全く負担はない。その代わり、レース時相当の呼吸と心拍の波は作っておいた。
 汗が飛び散るほどウォーミングアップしたおかげで、スタートラインで待っている間も寒さを感じない。私の応援に駆けつけた練習仲間に手を振り、信号を見つめる。青に変わって、ペダルを探るがすぐにハマらない。でも、こういうこともあり得ると想定していたいつもの経験から、焦ることはなかった。
 第1コーナーで集団落車が発生して左右がふさがる形となったが、そのペダルのミスが私に味方し、その真ん中を突っ切る。オンロードでは向かい風だが、オフロードに入ると追い風に変わり、そこで少し呼吸を整えることができる。
 落車の影響もあり、いくつもの集団が形成されていて、私がどの位置で何位なのかは測れない。でも、前に上がろうとする選手を利用して私も攻める。
「ここで休んでいるわけにはいかない」、と言い聞かせ、石畳みのオンロードでは手を緩めない。その後のオフロードの追い風で一息できるからだ。

 シクロクロスはレースが時間によって規定されるのだが、ジュニアのレースから、6周走ることは分かっていた。しかし残り2周あたりから足の動きに疲れが見え始め、立ちこぎを続けようとすると、つる寸前まで追い込んでいた。自転車にしがみつき、踏み込むことと、コーナーでミスをしないことに全集中力を注いだ。最後の最後まで後ろを振り向くことなく、前だけを見てゴールに飛び込んだ。
 でも、順位が分からない。日本チームの澤田監督から22位と告げられた時、レースを終えたばかりとは思えないほどの体の軽さと、自分に勝ったと思える充実感があった。


 私のレースと練習時間の確保だけでなく、私が迷っている時のよきアドバイスをくれて、私と一緒に戦ってくれた主人のシャークに感謝しています。
 37歳にもかかわらず、私を期待し続けてくれた日本のシクロクロス小委員会の方々や、硬いブレーキで地元メカニックのトゥワンも直せなかったブレーキを魔法のように直してしまった中津メカニックと松井メカニック。本当にありがとうございました。
 もうこの歳です。約束はできませんが、このコンディションの繰り越しを利用して、来シーズンが私の本当の勝負です。このような私ですが、おしみない応援をよろしくお願いします。このまま突っ走ります。
《編集部》

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