低山しかなく、これといった特徴のない山が多い茨城県の山事情において、堅破山はちょっと異色の存在だと思う。
日立市の最北端にそびえ立つこの山は、標高658mという平凡な低山であるが、茨城百景にも選定されていて観光的な要素が多い。堅破山のシンボルといえる巨石・太刀割石(たちわりいし。命名は水戸光圀公)を始めとする七奇石や、奈々久良(ななくら)滝は、それら単体でも見応えがある。頂上の黒前神社には霊場としての重みが感じられ、あまり展望は良くないが立派な展望台も設置されている。
さらに、2時間もあれば周回できてしまう初級者向けのコースで、登山道も整備されているので、誰もが楽しめる山といえる。全国的に有名な某アウトドア雑誌で紹介されたこともあり、低山としての完成度は高い。
……だが。山奥という交通の便が悪い場所にあるせいか、あまり登山客がいない。今回訪れた9月半ばの時期でも、筆者の他に登山者は一組だけ。山のサイトでもあちこちに紹介されているのに、不思議と人気のない山なのである。
■山奥ならではの静寂
魅力があるのに、人気がないということは、アピールが足りないのだ。そう思った筆者は、この場をお借りして 堅破山の魅力を伝えたいという使命感に駆られた。太刀割石などの前述した要素は他でも書かれているし、次回に取って置くとして、今回はそれ以外の魅力について書かせていただくとする。
今回取材して感じた堅破山の知られざる魅力とは。それは「静かなこと」である。
人がいない静まり返った山中で、聞こえてくるのは虫の羽音や鳥のさえずり、川のせせらぎ、葉擦れの音など、自然が生み出す音ばかり。車の音などの人工的な音は、何一つ聞こえてこない。自然の音も常に聞こえる訳ではないから、しばしば無音の状態になる。その時、世界から音が消える。もちろん、携帯の電波も届かない。音だけでなく、社会とのつながりとも隔絶された静寂の世界だ。
この静寂の世界は、堅破山に限ったことではないが、山奥に行かなければ得られない魅力であろう。皮肉にも、人気のなさがこの魅力の起因になっている訳だ。
竪破山の閑さの中、奇石に染み入ったのは蝉の声ではなく、湯を沸かすバーナーの音。沸騰した湯でコーヒーを淹れ飲んでいると、ボォォォというバーナーの音だけがいつまでも耳の中に残響していた。
《久米成佳》
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