意外と知られていないミシュランと自転車の関係 | CYCLE やわらかスポーツ情報サイト

意外と知られていないミシュランと自転車の関係

 農機具やゴム製晶を製造販売する会社であったミシュランが、自転車、および自動車用タイヤメーカーとしてスタートすることになったのはある偶然からだった。

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 農機具やゴム製晶を製造販売する会社であったミシュランが、自転車、および自動車用タイヤメーカーとしてスタートすることになったのはある偶然からだった。
  •  農機具やゴム製晶を製造販売する会社であったミシュランが、自転車、および自動車用タイヤメーカーとしてスタートすることになったのはある偶然からだった。
 農機具やゴム製晶を製造販売する会社であったミシュランが、自転車、および自動車用タイヤメーカーとしてスタートすることになったのはある偶然からだった。

 1889年春、一人のサイクリストがパンクした自転車用タイヤを修理するためにミシュランの工場を訪ねた。それは最新の空気入りタイヤを装着した自転車であった。それまでは芯までゴムが詰まっているソリッドタイヤで、「骨揺さぶり」と異名をとったシロモノで、道が少しでも悪いとサドルで激しく跳ね上げられた。ソリッドタイヤに比較すると、空気入りタイヤは格段に乗り心地がいい。しかし、そのタイヤにも大きな難点があった。木製のリムにしっかりとノリ付けされているため、取り外しがきかない。パンクすると、一そろいの道具が必要で、60ページもの手引書を参考に悪戦苦闘しなければならなった。ミシュランの従業員はゴムで手をべとべとさせながらも、3時間で修理した。

 この出来事をきっかけにミシュランは自転車用タイヤの将来性を見越し、それまでのリムとタイヤは一体という常識を覆し、取り外しのきく(デモンタブル)空気入り自転車用タイヤの開発に着手する。ソリッドタイヤとは比較にならないほど、よりスピードの出る、より扱いやすい、より快適なタイヤ。しかも、パンクの修理は単純な作業でなくてはならない。パンクしたチューブは15分で交換でき、専門家の手を借りずに誰でもできること。ミシュランのこの開発には2年を要し、1891年夏までに3件の特許を申請した。

 完成したばかりの新製品を世に問う晴れ舞台が、同じ年の1891年9月に訪れる。世界最古の自転車レースである「パリ・ブレスト間往復レース」である。大衆向け日刊紙「プチ・ジュルナル」社が主催、1台の自転車で全コース約1,200kmを走破しなければならない耐久レースである。当時フランスには無数の自転車メーカーがひしめきあっていた。多くはまだ家内工業で、このレースに将来がかかっていた。それぞれが、期待をかけた選手たちに自社の自転車を提供し、その勝利に社運をかけていた。ミシュランはシャルル・テロン選手に命運を託した。熾烈な戦いの後、パリに最初に戻ってきたのはミシュランのテロン選手であった。往復に要した時間は71時間18分。2位の選手に8時間もの大差をつけた。

 この勝利をきっかけにミシュランは自転車用タイヤメーカーとして、そして自動車用タイヤメーカーとして飛躍していくことになる。
《編集部》
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