【THE REAL】4年後の東京五輪へ…再起を期すなでしこジャパンの糧になる悔し涙と若手の奮起 | CYCLE やわらかスポーツ情報サイト

【THE REAL】4年後の東京五輪へ…再起を期すなでしこジャパンの糧になる悔し涙と若手の奮起

オピニオン コラム

なでしこジャパン、中国に敗れリオ五輪は絶望的(c)Getty Images
  • なでしこジャパン、中国に敗れリオ五輪は絶望的(c)Getty Images
  • サポーターに深く頭をさげる宮間あや(2016年3月2日)
  • なでしこジャパン 参考画像(2016年3月2日)
  • 佐々木則夫 参考画像(2015年3月9日)
  • なでしこジャパンがロンドン五輪で銀メダルを獲得(2012年8月9日)
  • なでしこジャパン 参考画像(2016年3月7日)
  • リオ五輪アジア最終予選、日本対オーストラリア(2016年2月29日)
  • リオ五輪アジア最終予選、日本対オーストラリア(2016年2月29日)
いま思えば、なでしこジャパンが窮地に陥る姿を予感していたのかもしれない。それだけ、昨年末に電撃引退したレジェンド、澤穂希さんの言葉で引っかかるものがあった。

都内で行われた記者会見。なでしこへのエールを尋ねられた澤さんは、盟友でもあるキャプテン、宮間あや(岡山湯郷Belle)の名前をあげながら、こんな言葉を残している。

「すごく責任感の強い子なので、あやが一人ですべて背負ってしまわないかが心配です」

図らずも澤さんが懸念した通りの展開となった。今月9日まで大阪で開催されていた、リオデジャネイロ五輪出場をかけた女子サッカーのアジア最終予選で、試合を重ねるごとに宮間は憔悴していった。

■とにかく強引にでも合わせて得点していかないと

オーストラリア女子代表に完敗を喫した、2月29日の初戦後は努めて前を向いていた。一転して、痛恨のドローに終わった3月2日の韓国女子代表戦後は終始、伏し目がちで言葉を絞り出していた。

「いい形はできているんですけど、得点にならない。攻撃のスピードを上げるところや相手の隙を突くところで、まだ少しだけずれがある。そのずれが何なのか。そんなことを考えている場合ではないんですけど、とにかく強引にでも合わせて得点していかないといけない」

澤さんの引退後で迎える初めての公式戦。いわゆる「澤ロス」という言葉を誰よりも嫌っていた宮間はこの後、自ら口に出した澤さんの名前とその残像に、苦境を打開するためのキーワードを求めている。

「澤さんから『勝負の神様はいつも見ている』とよく言われたんですけど、勝負には時の運も確実にあると私も思うんです。その意味で、運や流れを手繰り寄せるための努力を自分たちはできているのか。チームに対する献身性を含めて、そういうところが足りないし、まだ甘いのかなと」



キンチョウスタジアムでサポーターに一礼する選手たち


■宮間、思わず澤さんの名前を口にした理由

澤さんは「感覚派」を自任している。なでしこが世界の頂点に立った、2011年の女子ワールドカップ・ドイツ大会。キャプテンを務めた澤さんは大会MVPと得点王を獲得し、文字通り背中でチームをけん引した。

そして、チームに対するきめ細かい気配りで、澤さんをフォローしたのが宮間となる。たとえば、チームから浮きかけていたFW永里(現姓・大儀見)優季(現フランクフルト)をつなぎとめたのも、優しい言葉をかけ続けた宮間だった。

翌2012年からキャプテンは宮間に受け継がれ、今度は澤さんがフォローする立場に回った。象徴的だったのは、準優勝した昨夏の女子ワールドカップ・カナダ大会となるだろう。

なでしこをひとつにまとめる最後のピースとなったのが、ベンチを温める時間が多くなった澤さんが見せた献身的な姿勢だった。宮間を支える立ち居振る舞いは、決して芳しくなかった開幕前の下馬評をはねのける原動力になった。

翻って今回のアジア最終予選は、宮間をフォローする選手は残念ながら見当たらなかった。だからこそ、韓国戦後の取材エリアで、宮間は思わず澤さんの名前を口にしてしまったのだろう。

キャプテンとして時に鬼気迫る表情を浮かべながら仲間たちを鼓舞し、司令塔としてなでしこの攻撃を組み立てる。それでいて、どんなに些細なことにも神経をさき、チームの和を保つために心を注いだ。

■寝耳に水の引退、空いた10番

澤さんが危惧した通りの宮間の姿が、そこにあった。佐々木則夫監督にとっても、澤さんの引退は寝耳に水だったとされる。実際、昨秋のヨーロッパ遠征では、澤さんの象徴である「10」番を空けている。

20年以上も日本女子サッカー界を支えてきた、大黒柱の澤さんに対する敬意に他ならなかった措置。あまりにも存在が大きかったからこそ、宮間にすべての負担がかかる構図ができあがってしまった。

最終的に3位に終わり、上位2ヶ国に与えられる五輪切符を逃したアジア最終戦を終えてから2日後の11日。佐々木監督の退任が発表され、2008年から築かれてきた長期政権が終焉のときを迎えた。

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《藤江直人》

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