フランスと日本を拠点とする。フリーアナウンサー、フォトグラファー、ジャーナリストとして活躍中。ニックネームは“イイミワ”。 フランスではプロ自転車チームのスタッフの顔も併せ持つ。 サイクルスポーツの本場フランスから、速報を発信する。
シーズン序盤にイタリアで行われるティレーノ~アドリアッティコは3月14日に第4ステージが行われ、ヨーロッパカーの新城幸也はエースのピエール・ローランを29位に送り込むと、65位でゴールした。
イタリアで開催中のティレーノ~アドリアッティコ第3ステージでヨーロッパカーの新城幸也が70位でレースを終えた。
イタリアで開催中のステージレース、ティレーノ~アドリアッティコは第2ステージが行われ、ヨーロッパカーの新城幸也は落車を回避したこともありトップと同タイムの67位でゴールした。
ティレーノ~アドリアッティコが3月11日に開幕し、第1ステージでヨーロッパカーの新城幸也はトップから35秒遅れの148位で始動した。
新城幸也(ヨーロッパカー)が今シーズン最初のステージレースとなるティレーノ~アドリアッティコに参戦する。
ヨーロッパカーの新城幸也が約50日間におよぶタイ合宿、そしてアジア選手権を終え、2月末に渡仏してヨーロッパでの2015年シーズンをスタートさせた。
新城幸也が2014年の全レースを終え、オフシーズンに入った。12月中旬からはタイ合宿に入り、2015年1月18日からはオーストラリアでのUCIワールドツアー開幕戦、ツアー・オブ・ダウンアンダーに出場予定。
新城幸也(ヨーロッパカー)が10月5日にフランスの拠点としている地方で行われたツール・ド・バンデに体調不良を押して出場し、集団のなかでで完走。
新城幸也(ヨーロッパカー)は10月12日のパリ~ツールまでヨーロッパでのレースを走り、10月16日に帰国する。
スペインのポンフェラーダで9月28日に開催された世界選手権ロードのエリート男子に、日本のエースとして出場した新城幸也(ヨーロッパカー)は210km地点でリタイアした。
9月28日にスペインで開催される世界選手権ロードレースのエリート男子に出場する日本勢3選手が意気込みを語った。
世界選手権ロードレースのエリート男子が9月28日にスペインで開催され、3選手で臨む日本は新城幸也をエースに起用して世界最高峰のワンデーレースを戦う。
新城幸也は9月23日に世界選手権の舞台となるスペイン・ポンフェラーダに入り、日本代表チーム本体と合流。25日にはコースの公式試走を2時間行い、実際のコースの状況を初めて把握した。
9月22日に30歳の誕生日を迎えた新城雪也が世界選手権の行われるスペインに出発した。エリート男子ロードレースは28日にスペインのポンフェラーダで開催される。
8月下旬になるとフランスは一気に秋めく。「ツール・ド・フランスが終わるとフランスの夏は終わり」などと言われるのだが、近年はその言葉とはほど遠い残暑が続いていた印象が強かった。
シャトールークラシックが8月24日にフランスのシャトールーとその近郊で開催され、ヨーロッパカーの新城幸也は集団ゴールで60位になった。
ツール・デュ・リムザンは8月23日に最終日を迎え、距離175.6kmの第4ステージがリモージュ市内で行われ、ヨーロッパカーの新城幸也はステージ13位、総合34位でレースを終えた。
ツール・デュ・リムザン第3ステージが8月21日にフランス中南部のリモージュ周辺で開催された。
ツール・デュ・リムザン第2ステージが8月20日に行われ、新城幸也(ヨーロッパカー)のチームメートであるセリル・ゴチエが優勝した。
ツール・デュ・リムザン第1ステージが7月19日に開催され、急きょメンバー入りした新城幸也は休養明けの調整段階で、万全とは言えないコンディションながら出場した。
夏休みを利用して2週間フランスでホームステイ体験をしている福島県の子供たちが、リモージュ周辺で開催されるツール・デュ・リムザンを訪問し、大会に出場している新城幸也(ヨーロッパカー)を応援した。
ヨーロッパカーの新城幸也は8月19日に開幕するツール・デュ・リムザンからシーズン後半戦に突入する。同大会は2011年に総合優勝を果たし、2013年は総合2位になった。
年に一度、世界中のロードレースファンが熱狂するフランス最大の自転車祭り、ツール・ド・フランスが終わり、2週間が経過した。
ヨーロッパカーの新城幸也が7月27日、5度目のツール・ド・フランスを完走した。2013年の総合99位から大きく飛躍し、総合65位でフィニッシュした。
激しい雷雨となったツール・ド・フランス最後の長距離レースでヨーロッパカーの新城幸也が3分10秒遅れの71位でゴールした。ラスト3kmを切ってからの落車には巻き込まれなかったものの、総合成績は63位とわずかに下がった。
ツール・ド・フランス3週間はピレネーでの山岳3連戦を戦い、ヨーロッパカーの新城幸也の走りに各チームの監督陣が注目した。日本人という珍しさはすでになく、この大会を代表する選手となったと言えるみごとな走りだった。
ツール・ド・フランス第17ステージでヨーロッパカーの新城幸也が魅せた。スタートと同時にファーストアタックして、8選手の逃げグループを形成することに成功。
ツール・ド・フランス第16ステージは新城幸也が前チームに所属していた2009年まで4年間住んでいたトゥールーズの南、ピレネー山脈を東から西に沿うように進む237.5kmの長丁場。
ヨーロッパカーの新城幸也がツール・ド・フランスの今大会最長距離237kmで行われる第16ステージに意気込みを見せた。「コースは昔の練習コースでよく知っている。逃げられたら最高だ」と語った。
ツール・ド・フランス第15ステージを走った新城幸也(ヨーロッパカー)が「簡単なステージではなかった。横風が強かったし、まったく気の抜けない長い一日だった」と振り返った。
第14ステージは、カテゴリー1級山岳2回に超級山岳1回の177kmのアルプス山岳ステージ。序盤に17人の選手が逃げる展開で、カテゴリー超級のイゾアール峠に入った。
日本でもお馴染みのワインの産地、ブドウ畑が広がるフランス南東部・リヨンの北に位置するローヌ県の丘陵地帯が舞台となった第12ステージ。
ツール・ド・フランス第11ステージで新城幸也(ヨーロッパカー)が苦しんだ。本来ならこの日のようなコースを得意とするが、18分25秒遅れの133位でゴールした。
ツール・ド・フランスに5回目の参戦中の新城幸也(ヨーロッパカー)は10ステージを走り終えて7月15日にフランスのブザンソンで1回目の休養日を迎え、前半戦の感想や後半戦の意気込みを語った。
第10ステージは総距離161kmと短いものの、3級山岳、2回の2級山岳、そして1級山岳が4回と、計7回もの山岳ポイントを上り下りする過酷なコースとなった。
第9ステージは、全長170kmのコース中6つの山岳ポイントが設けられ、カテゴリー1~3、そして、スプリントポイントという、過酷なコースレイアウト。各チームは大きな番狂わせを狙った。
第8ステージは、序盤平坦が続き、ゴール30km手前から2級山岳が連続、最後は3級山岳頂上ゴールの161km。
ヨーロッパカーの新城幸也がツール・ド・フランス第7ステージでアタックをしたが成功せず、その後はエースのピエール・ローランのアシスト役に徹した。
フラットな194kmの第6ステージはスタート直後に4選手の逃げが決まり、集団は4選手を射程圏内に置きながら、ゆっくりとレースが進んだ。
ツール・ド・フランス第4ステージは序盤から2選手がエスケープするが、その1人がフランスで人気の高い・ボクレールトマということもあり、後続の集団はタイム差を開かれないように警戒しながら終始ハイペースでレースを進めた。