【THE REAL】17年の歳月を越えて…東福岡を高校サッカーの頂点に復帰させた指揮官の挫折と意識改革 | CYCLE やわらかスポーツ情報サイト

【THE REAL】17年の歳月を越えて…東福岡を高校サッカーの頂点に復帰させた指揮官の挫折と意識改革

オピニオン コラム

埼玉スタジアム2002 参考画像
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  • 【THE REAL】17年の歳月を越えて…東福岡を高校サッカーの頂点に復帰させた指揮官の挫折と意識改革
  • 第94回全国高校サッカー選手権大会
  • 長友佑都 参考画像(2016年1月6日)
夢のなかで常に思い描いてきた瞬間。教え子たちの手で宙を舞いながら、福岡県代表の東福岡を率いる森重潤也監督は至福の喜びに浸っていた。

「指導者として全国選手権で優勝する夢を、生徒たちがかなえてくれました」

大会連覇を達成した1998年度以来となる東福岡の戴冠で幕を閉じた、第94回全国高校サッカー選手権。史上最強と称賛された17年前のチームに、外部コーチとして携わっていたのが森重だった。

■サッカー観を変えた東福岡の1年間

高校卒業とともにプロになったDF金古聖司、MF宮原裕司、FW山形恭平。そして、大学を経て同じくJリーガーとなったDF千代反田充らを擁した東福岡の指導に関わった1年間は、当時33歳の森重のサッカー観を瞬く間に変えていった。

「高校生でもこれだけのサッカーをするんだ、と。求めているものがプロに近いものでしたし、学校のバックアップや環境を含めて、全国選手権で優勝することを目指している。僕自身も高校サッカーに携わりたいという気持ちが非常に強くなって、最初は外部コーチという立場でしたけど、1年後には東福岡高校の職員として雇っていただいて、いま現在に至っています」

今シーズンからJ1に復帰するアビスパ福岡が、前身の福岡ブルックスとして日本フットボールリーグに初めて参戦した1995年。複数のポジションをこなすユーティリティープレーヤーとして活躍してきた森重は、現役引退を決意した。

同時期に現役に別れを告げ、アビスパと改称されたクラブの育成担当に就任したFWピッコリ(アルゼンチン)とともに、森重は福岡県内でサッカーの育成及び普及に当たる。そして、未来を担う子どもたちを教える日々のなかで東福岡の志波芳則監督と出会い、コーチとして誘われた。


第94回全国高校サッカー選手権大会

■長友佑都が加入

2002年度からは監督に昇格。ユニフォームの色になぞらえて「赤い彗星」と名付けられた当時の強さに憧れ、後に日本代表としてワールドカップの舞台に立つ長友佑都が、愛媛・西条北中学から入学したのもこの年だった。

しかし、全国選手権の舞台で結果を残せない。2002年度大会は準々決勝で滝川第二(兵庫県代表)に敗れ、2003年度は出場そのものを逃す。長友が最上級生として臨んだ2004度は、緒戦だった2回戦で市立船橋(千葉県代表)にPK戦の末に屈した。

当時の偽らざる本音を、森重監督はこう振り返る。

「外部コーチに就任した最初の年に優勝というものを経験させてもらって、安易な考えをもってしまった。次も行けるだろう、と」

その後の全国選手権の最高位は2007年度のベスト8。このときは優勝した流通経済大学柏(千葉県代表)にPK戦で敗れたが、善戦では周囲は納得しない。2010年度からは3年連続で、全国の舞台に立てなかった。

「選手権どころか、福岡県の決勝戦にすら進めない時期もあって。どうしようか、という思いだった」

名門校ゆえに、背負う十字架もまた重い。袋小路に入りかけていた森重監督を、退任後は総監督としてサポートしてきた志波はこうとらえていた。

「昔は純粋に指導者でした。プレーの一つひとつに対しての評価だけしか与えていないという感じでしたけど、学校のなかでの指導となれば、そこには教育というものも絡まってくる。ひとりの人間として生徒たちと正面から向き合い、ただ単にサッカーを教えるだけではなくて、彼らに『なぜダメなのか』と問いかけながら、メンタルの部分を含めたすべてをしっかりとチェックしていかないといけない」

サッカークラブの指導者と高校サッカーの監督は似て非なるものだと、志波総監督は力を込める。

「サッカーはひとりでやれるものではない。自分の力を伸ばしていくには大勢の人間のサポートがあり、いざゲームで戦うときにはフォア・ザ・チームの精神が必要になる。自分を生かすか、あるいは周りの味方を生かすかは生徒たちの気持ち次第。だからこそ、高校サッカーを通じて我々が何を求められているかと言えば、最後はやはり人間を作るということになりますよね」

■自分にはないものがあった

多感な年代となる16歳~18歳までの3年間を、森重は高校サッカーではなくクラブチームでの日々に充てた。横須賀学院高校に通いながら、全日空横浜ユースで心技体に磨きをかけた。

横浜マリノスに吸収合併する形で消滅した、横浜フリューゲルスの前身となる全日空横浜の下部組織。高校卒業後の1985年にはトップチームに昇格し、日本リーグ1部を戦うクラブの一員となっている。

いまでこそJクラブ傘下のユースにはその世代の有望株が集まり、プロへの最短距離を歩むルートが確立している。しかし、高校サッカーが全盛期の人気を誇っていた当時は、奇異に映る選択肢でもあった。

テレビ越しに見た全国選手権。高校2年生だった1982年度には、同じ1965年生まれの長谷川健太、大榎克己、堀池巧の「三羽烏」を擁した清水東(静岡県代表)が初優勝。全国的なブームを巻き起こした。

連覇を狙ったその清水東を名門・帝京(東京都代表)が1-0で撃破した翌年度の決勝戦には、国立競技場に6万2000人を超えるファンが集結。入り切れなかった1万人以上が、周囲でラジオに実況に聴き入る異例の光景を生み出した。

大学を経て日本リーグのクラブの一員となった同世代と、ピッチで同じ時間を共有するようになった森重は、高校サッカー出身者にあって、自分にはないものがあったと振り返る。

「高校のときは同世代の選手たちのプレーをテレビで見ながら、素晴らしい選手だなと思っていました。自分がいざプロになって、彼らと一緒にプレーをしていくなかで、高校サッカーでプレーしてきたことというのは、彼らにとって財産なんだということは強く感じていました」

ならば、財産とは何か。コーチおよび監督として高校サッカーに携わり、全国の舞台に立てないどん底を味わわされたときに、20年以上も前から繰り返してきた自問自答に対する結論がおぼろげながら見えてきた。

無敵を誇ったかつての強さに対する憧憬の念。近代的な寮やナイター設備が完備した人工芝のグラウンドを含めた環境。そして、数多くのOBをプロの世界へ送り出している実績もあって、東福岡には九州だけでなく、海を隔てた四国や中国から続々と有望な生徒が集まるようになっていた。

《藤江直人》

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