【THE REAL】湘南ベルマーレ・山田直輝の決断…異例の2度目の期限付き移籍延長が意味すること | CYCLE やわらかスポーツ情報サイト

【THE REAL】湘南ベルマーレ・山田直輝の決断…異例の2度目の期限付き移籍延長が意味すること

オピニオン コラム

湘南ベルマーレホームページより
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■湘南ベルマーレでの3年目のシーズンへ

サッカーなどで選手が所属クラブとの契約を結んだまま、期間を定めて他のクラブの一員となってプレーする「期限付き移籍」において、同じクラブへ“レンタル”されるのは長くて2年間というケースが大半を占めてきた。

送り出す側は出場機会を得られない若手たちに経験を積ませる武者修行としてとらえていて、受け入れる側も高額な移籍金を支払うことなく戦力を充実できるメリットがある。期間を終えれば元のクラブへ戻る一方で、そのまま完全移籍に切り替える選手も少なくない。

ジュニアユースから浦和レッズ一筋で育ち、高校3年生だった2008シーズンには2種登録選手としてトップチームでデビュー。ファンやサポーターから「浦和のハート」としていまも愛されるMF山田直輝が、来シーズンも湘南ベルマーレでプレーすることが12月28日に発表された。

期限付き移籍でベルマーレに加わったのが2015シーズン。期間の延長は2度目になるうえ、来シーズンのベルマーレは戦いの舞台を3年ぶりにJ2へと移す。それでも山田は自らの意思を貫いた。

今シーズンの最後の戦いとなった、24日の大宮アルディージャとの天皇杯準々決勝。延長戦の末に2‐4で逆転負けを喫した直後の取材エリアで、山田は「そろそろ公式の発表があると思うので、それを待ってください」と明言を避けながらも、ベルマーレへの残留をほのめかしていた。

「おそらくはプレーだけでなく人間性も見て選手を取っているんだな、と思うくらい湘南はみんな向上心が強いですし、サッカーに対して真面目な選手が多い。来シーズンはJ2だからといって、戦うステージが落ちたからだといって、学ぶことに対するテンションが落ちることはまったくないと思う」

メディアから「それは自分も」と尋ねられると、山田はおもむろに「それを言っちゃうといろいろと…」と言葉を濁した。それでも、その表情には充実感があふれていた。

■人間として大人になれたベルマーレでの日々

相手ゴール前で発揮する意外性に富んだアイデアとテクニックで、当時のA代表を率いていた岡田武史監督をも魅了。チリ代表との国際親善試合でデビューし、本田圭佑(当時VVVフェンロー)の代表初ゴールをアシストしたのは2009シーズンだった。

当時は19歳になる直前。レッズでプロになったばかりのホープの明るい未来を、日本サッカー界の誰もが思い描いた。しかし、その後に見舞われる故障の連鎖が、時間の経過とともに山田から輝きを奪っていく。

2010シーズンは右足の腓骨を2度も骨折。2012シーズンには左ひざの前十字じん帯を損傷して、目標としていたロンドンオリンピック出場を逃した。2014シーズンはリーグ戦で2試合、わずか15分間のプレーに甘んじている。

捲土重来を期したいと思っていたところへ届いたのが、ベルマーレからの期限付き移籍のオファー。迷うことなく環境を変えた山田は、予想をはるかに超える、いい意味でのカルチャーショックに遭遇する。

「事前に聞いていた通りというか、想像よりもちょっときついですね。走る練習もハードだけど、ボールを使った練習でも公式戦のような雰囲気が作られて、味方同士でバチバチやっている。そういう環境に身を置きたいと思っていたので、自分のなかでは充実感というものをすごく感じています」

もっとも、レッズで実戦から遠ざかっていた間にこびりついてしまった、心身の「錆び」はなかなか落ちない。小さなけがも繰り返してきたなかで、リーグ戦の出場は2015シーズンが17試合、2016シーズンに至っては11試合にとどまってしまう。

結果だけを見れば及第点に届かなった2年間。山田は「本当に学校の先生みたいな人なので」とその出会いに感謝する、ベルマーレの曹貴裁(チョウ・キジェ)監督の大きな背中を羅針盤としてきた。

「本当に学ぶことがすごく多くて、僕自身、サッカー選手としてだけでなく、人間としても少し大人になれた気がします。いままでは特に何も考えずに、自分の好きなようにプレーをしていたところがありましたけど、このチームに来たことで責任感をもってプレーできるようになったのかな、と」

■成長の跡が凝縮された豪快なゴール

曹監督は「選手が成長したという実感をもって、シーズンを戦い終えてほしい」をモットーに掲げて、日々の練習で厳しいメニューを課す。ベルマーレでの2年間を、山田はこう振り返る。

「一日一日、自分が成長するための目標をもっているし、その目標はすぐにつかめるわけではなくて、日々の一秒とか、一分とか、一歩とか、気持ちとか、そういうところが重要だと思ってやってきた」

名古屋グランパスのホームに乗り込んだ11月3日のセカンドステージ最終節。シーズン終盤にかけてかつての輝きを取り戻してきた山田は2ゴールをあげて、圧倒的な存在感を放つ。

特に後半15分にあげた2ゴール目は、山田のハイレベルなサッカーセンスとベルマーレで培われた強さが完璧に融合。グランパスの戦意を完全に萎えさせ、J2降格へと引きずり込んだ。

左タッチライン際に出された縦パスを追うのは山田と、レッズ時代のチームメイトでもあるDF田中マルクス闘莉王。ボールとの間に185センチ、82キロの大きな体を入れられながら、168センチ、66キロの山田はまったく焦っていなかった。

「闘莉王さんは本当に上手いので、あの場面でシンプルに外へ蹴り出すことはない、つなごうとしてくるだろうと逆に考えて、ボールと足がちょっとでも離れた瞬間に体を入れようと思っていた」

果たして、肉弾戦を制したのは山田。バランスを崩してその場に転倒した闘莉王を横目に、ゴールライン際に弾むボールに追いつく。このとき、ゴール前にはジネイ、高山薫の両FWが走り込んでいた。

「2人がボールを要求していたのはわかっていたけど、僕自身はシュートを打つことしか考えていなかった。なので、目線だけは一度もゴールに向けないようにはしていた」

ゴールの左側、角度がほとんどないところから右足を一閃。それまでの駆け引きで、山田のシュートはないと思い込んでいたのだろう。40歳の大ベテラン、GK楢崎正剛が一歩も動けない豪快なゴールだった。

■後輩・原口元気の急成長から受ける刺激

その後の天皇杯でもアグレッシブに走り続け、球際の激しい攻防を厭わない山田はピッチのうえで躍動しながら、ベルマーレに来たことを「本当によかった」と心のなかで思い続けていた。

「サッカーに向き合う時間が一番長かった、この先の自分の人生のなかでもすごく濃い時間だったと思える日々をすごしてきたので。この道が最良だったのかどうかはわからないですけど、僕の人生のなかでものすごく大切な時間だったといまは思えているので」

積み重ねてきたものが、少しずつ形となって表れてきている。成長への手応えを感じているところへ、曹監督が来シーズンも続投することも決まった。期限付き移籍を終える理由はどこにも見当たらなかった。

いまやハリルジャパンで攻撃の中心を担うFW原口元気(ヘルタ・ベルリン)はレッズ時代、ひとつ年上の山田へ「みんなを輝かせてくれる特別な存在」と畏敬の念を抱き、常にその背中を追ってきた。

山田は「いまは僕が追っているほうので」と苦笑いを浮かべながら、ブンデスリーガに挑戦の場を移して3シーズン目で、心身ともにたくましく成長を遂げている後輩から刺激を受けていると明かす。

「アイツはサッカーに対して本当に真面目だし、向上心もすごいので。環境を変えて、アイツのことを知らない人たちが多い場所でゼロからやって、上手くなるためには走って戦わなければいけないと気がついた。先輩っぽい感じで言うと、そこが一番よくなっているのかなと」

もちろん、原口が手の届かない場所へいってしまったとも思っていない。現役である限り、日本代表への復帰を目指す。同じ攻撃系のポジションで切磋琢磨する光景は、山田が掲げる目標のひとつでもある。

「昔よりもチームのために走れるようになったし、チームのために戦えるようにもなった。でも、本調子とじゃないというか、まだまだ途中だな、という感じですね。もっといい選手になれるはずだし、なっていかなきゃいけないとも思っているので」

1年でJ1へ復帰するために。かつての自分を超える、より強い選手へ進化を遂げるために。来年7月で27歳。もう若手ではないことは、誰よりも山田自身が理解している。自らが選んだ挑戦は異例となる期限付き移籍3シーズン目にして、今後のサッカー人生を左右するクライマックスを迎える。
《藤江直人》
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