【高校野球】無難に語られる「守りの野球」という常套句 先攻後攻の優位性と“攻撃からリズムを作る”可能性について | CYCLE やわらかスポーツ情報サイト

【高校野球】無難に語られる「守りの野球」という常套句 先攻後攻の優位性と“攻撃からリズムを作る”可能性について

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【高校野球】無難に語られる「守りの野球」という常套句 先攻後攻の優位性と“攻撃からリズムを作る”可能性について
  • 【高校野球】無難に語られる「守りの野球」という常套句 先攻後攻の優位性と“攻撃からリズムを作る”可能性について

AERA増刊号で夏の甲子園出場校のプロフィールが紹介されるが、これは出場校所在地の朝日新聞各支局勤務の記者が客観的に記述するものである。それに対して、NHKの中継では各試合の序盤に両チームの代表者がチームを簡単に紹介してきたのを覚えている人もいると思う。

初登場の試合中継に限られているし、紹介も主将がつとめる場合が多いけれどもチームの応援団や女子マネージャーの場合だと、戦いのうえでのチームの特徴を語ってくれないときもある。「笑顔が絶えないチームです」などである。それはそれでほほえましい紹介なのだが、できれば監督か主将に統一してチームの信条のようなものを同じ視点とレベルで語ってほしいと個人的には思っている。だがこれは中継局の方針なのでしかたがない。

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■7校の代表者が同じフレーズを口に

NHKでのこうした紹介は数年来続いているが、ずっと気になっていたのは「うちのチームは守備からリズムを作ります」という高校が多いことである。本欄の読者は聞き覚えがあるフレーズのはずである。今夏の大会では7校のチーム代表者がこのフレーズを口にした。

玄人受けする、ある意味無難な表現だと思うのだが、監督はどう思っているのか。プロでも新監督が就任時の抱負に「投手を中心とした守りを固める」と言うことが多い。

守備は守備で重要だが、応援する側から見るとやはり攻撃が楽しみで、ラッキーセブンの応援歌なども、守備のときには歌うことがない。1回表(あるいは裏)、〇〇高校の攻撃は、で始まり一番打者が紹介されるときに応援する側の高揚感もピークになるのではないだろうか。

プロや大学と違って、高校野球は先攻と後攻が試合前のじゃんけんで決める。「守備からリズムを」と言った7つの学校はじゃんけんで勝てば後攻を選ぶと考えるのが自然である。実際には、川之江明豊のように先攻で戦った学校もあるが、じゃんけんで負けて相手校が後攻を選んだのかもしれない。引き分けがなければ48試合行われる今大会に限らず、じゃんけんで勝ったチームが先攻後攻のどちらを選ぶかはいつも興味があるところだが、それを調べるすべはなさそうだ。

ただし、プロではいずれにしても先攻か後攻かはすべての球団に半分ずつ機会があるが、高校野球の場合は同じ相手とは一度きりの対戦で、じゃんけんに勝ったほうには選択肢が与えられる。

■まっさらなマウンドへのこだわり

一般的には野球はわずかながら後攻が有利だからホームチームは常に後攻という説があるが、それならじゃんけんに勝った学校は必ず後攻を選ぶということになる。

果たして実際はどうか。先攻には9回必ず攻撃があり、出場機会がなかった選手が代打で出られる可能性が高くなるとか、打力に自信があるチームならいきなり相手にダメージを与えられ、リードした状態で初回の守備につくメリットもある。つまり、あまり選手が言わないけれども「攻撃からリズムを作る」という可能性がある。

守備からリズムを作るとは1回表に失点しないという前提で語っているのかもしれないが、強力打線相手では初回の攻撃がすでにビハインドで始まるというリスクもある。プロの場合だと、大量リードを許しても相手の攻撃が9回表もあるために、自軍の投手を先攻(ビジター)の場合よりも1イニング多く投げさせることになり、投手陣全体の疲弊につながる。同じ負けるなら9回裏に投手を使わなくてすむビジターがよいと監督や投手コーチは考えるかもしれない。逆に打撃コーチは同じ勝つならビジターのほうがひとりでも多くの選手が打席に立つことができる、後攻なら9回裏がない、と考えるかもしれない。

日米で長らくリードオフマンをつとめたイチロー氏のようなスーパースターは、もしかすると先攻でまっさらな打席に入ってプレーボール第1球を迎えうちたいと思ったのではないだろうか。先発投手がリリーフに転向するときにまっさらなマウンドへの「未練」を口にするのに接することがある。ただしそれは後攻のときに限られ、プロの場合ビジターとして先発する場合は常に1回裏のマウンドに上がるときにはすでに多少荒らされているものだ。

私自身のことをここで紹介するのも気が引けるけれども、学生時代野手一筋だった私が投手を知ったのは会社に入ってからである。もちろん草野球なので、本欄に草野球のことを書くのももっと気が引けるけれども、自分の野球観を変えるできごとは会社の野球大会で偶然マウンドに立ったことである。それまでプロを見ても寿命が短く年俸も安く、仲間の投手を見ても練習がきつくてなにもうらやましく思わなかった投手というポジションの喜びを「どうして学校時代に誰もおしえてくれなかったの」と思ったものである。

前職では野球部OBが多い会社だったのでたくさんのチームがあり、5試合勝たないと優勝できないほどだった。母校のOB戦も含めて40年間の間に数えきれないほど野球をやったが、その間は投手をやってきた。仲間は守りにつく、という意識だったかもしれないが、ピッチングとは、挑んでくる相手打者に向かって「打ってみろよ」とボールを投げ込む攻撃的な行為なのだと思うようになった。

そして、いつもじゃんけんでは後攻を選ぶようにチームの主将には頼んでいた。まっさらなマウンドに立つためである。

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著者プロフィール

篠原一郎●順天堂大学スポーツ健康科学部特任教授

1959年生まれ、愛媛県出身。松山東高校(旧制・松山中)および東京大学野球部OB。新卒にて電通入社。東京六大学野球連盟公式記録員、東京大学野球部OB会前幹事長。現在順天堂大学スポーツ健康科学部特任教授。

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