【山口和幸の茶輪記】エベレスト再挑戦にみる、右京の美学 | CYCLE やわらかスポーツ情報サイト

【山口和幸の茶輪記】エベレスト再挑戦にみる、右京の美学

オピニオン コラム
元F1レーサーで、現在は自転車ロードチームの監督としても活動する片山右京が4月にエベレスト登頂にチャレンジすることを明らかにした。

39歳だった2002年以来となる世界最高峰挑戦で、前回は悪天候に阻まれて登頂を断念した。ボクはその2年前に知り合い、2001年10月に
  • 元F1レーサーで、現在は自転車ロードチームの監督としても活動する片山右京が4月にエベレスト登頂にチャレンジすることを明らかにした。

39歳だった2002年以来となる世界最高峰挑戦で、前回は悪天候に阻まれて登頂を断念した。ボクはその2年前に知り合い、2001年10月に
元F1レーサーで、現在は自転車ロードチームの監督としても活動する片山右京が4月にエベレスト登頂にチャレンジすることを明らかにした。

39歳だった2002年以来となる世界最高峰挑戦で、前回は悪天候に阻まれて登頂を断念した。ボクはその2年前に知り合い、2001年10月にトレーニングとしてアタックした世界第六峰のチョオーユー(標高8201m)登頂プロジェクトの手伝いをしたことがある。

前回のエベレスト挑戦。ネパールのカトマンズ入りした右京はすぐに標高2866mのルクラへ。およそ10日間をかけて、周辺の4000m峰を縦走し、5500mまでの高度順応を終えた。8月24日、エベレスト直下の5337m地点にBC(ベースキャンプ)を設営。本格的な登山活動を開始した。

このBCからさらにC1(キャンプワン=6010m)、C2(6680m)、C3(7400m)と足がかりを作り、サウスコルに設営するC4(7900m)から8848mのトップにアタックするという作戦だった。

9月24日にいよいよアタック開始。気象情報によると数日は好天のはずだった。ところがスタートしてみると天候が悪化。積雪の中、C2まで10時間のラッセルを要し、思うように前進できない。我慢のレストに陥る。ここまま待機すれば不要に体力を消耗すると判断し、BCへ撤退。3日間の休息を余儀なくされ、10月1日に再びアタックを決行した。

「季節的にこれが最後のチャンスになる。残り少ない燃料、食料も酸素と一緒にすべて荷揚げし、できるだけ好天をついてアタックできるよう粘る。降雪、ジェット気流、運を天に任せるしかない」

ラストチャンス。しかしC4から先は凄まじい風が吹き荒れていた。5日、C4からエベレスト頂上へのアタックを挑みたが、積雪の中をラッセルしながらの登山は困難を極め、頂上目前8700m付近で時間的に下山へのリミットに。残念ながら頂上を目の前に下山することになった。

無念の思いは本人が一番強いと思うが、レーシングドライバーの時にも不遇の時代を経て、突破することが不可能と思われた難題をひとつひとつ乗り越え、世界の頂点に上り詰めていったのが片山右京だ。

「人生で何度かわがままを言った。F1をやりたいと家を飛び出したこともある。こんなにたくさんのプロジェクトの監督をしている今は行くべきじゃないかもしれないけど、自分自身に挑戦したい」と右京。

「子どもたちに夢をあきらめるなと言い続けているんだから、口だけの大人にはなりたくないしね」。
《山口和幸》

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