山の神になれなかった内田翼…社会人として次なる夢に挑む | CYCLE やわらかスポーツ情報サイト

山の神になれなかった内田翼…社会人として次なる夢に挑む

スポーツ 短信

青山学院大4年の内田翼
  • 青山学院大4年の内田翼
  • 青山学院大学が箱根駅伝報告会を開催(2017年1月7日)
  • 藤沢市で開催された卒業生主催の箱根駅伝感謝の回
  • 青山学院大学が箱根駅伝報告会を開催(2017年1月7日)
  • 青山学院大4年の内田翼
  • 青山学院大4年の内田翼。大学卒業生らが主催する祝勝会にて
  • 青山学院大学が箱根駅伝三連覇を記念したパレードを渋谷で実施(2017年1月7日)
  • 青山学院大学が箱根駅伝三連覇を記念したパレードを渋谷で実施(2017年1月7日)
新新山の神、神野大地が卒業した青山学院大。3連覇がかかった箱根駅伝で原晋監督がその後継者として期待したのが4年生の内田翼。三大大会は一度も出場したことがなかったが、上りに関してはチーム随一の実力を秘めていた。

しかし1月2日の往路5区、内田は最高地点に近い芦の湯で給水係を務めるのみだった。

2015、16年と箱根駅伝連覇の立役者となった久保田和真とは、九州学院高で1学年下。全国高校駅伝で内田は1区で区間3位に入る実力者で、数少ない推薦入学枠で同大に進んだ。

「高校3年の時は青学もまだ最高位で5位。入学して優勝常連校の原動力になりたかった」と内田は進路選択の動機を語った。

すぐに山登りのスペシャリストとして原監督に期待をかけられた。上り坂が強い秘けつは、「神野さんも同じですが、上りでもピッチを刻んでスピードを落とさずに走れること」と内田も自信はあった。

ところが三大大会は出場を果たせず。ラストチャンスは2017年、最終学年で迎えた箱根だった。

山登り要員としての内田のポテンシャルはきわめて高かった。しかし直前に足の甲のケガでメンバー落ち。原監督は、「内田を5区に起用する作戦だったが、3連覇に向けて痛い誤算だった」と告白している。

一時は失意で落ち込んだ内田だが、後輩に3連覇の偉業を託すことで気持ちを奮い起こした。内田が走るはずだった5区は3年生の貞永隆佑が大役を務め、コース最高地点に近い芦の湯で給水要員として内田はレースに関わることを志願した。

「走りのバランスが悪かったのでケガをしてしまったんでしょう」と自らを客観的に分析する内田。故郷熊本は大震災で揺れが激しかったが、幸いなことに両親や妹は無事。

1月の箱根駅伝後はその熊本に帰京していたが、卒業論文の発表のために下旬には上京。大学三大駅伝は一度も走れなかったが、卒業後は選手をキッパリとやめ、ソフトバンクに入社。
「楽しみながらマラソン大会に出ることはあるでしょうけど」。社会人として新たな人生を歩み始める。
《山口和幸》

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